55.森を荒らす害虫も彩りのうち
数十年に一度、定期的に現れる魔王への挑戦者を吹き飛ばし、ルシファー様は肩を解す。疲れたと言わんばかりの所作だが、ポーズだけなのは知っている。意味のない心配はせず、飛び込んだ報告書に目を通した。
「……また、ですか」
眉根を寄せて呟いた。人族は寿命が短く、愚かにも教訓を語り継がない。魔の森に火を放てば、自分達の魔力が奪われて死ぬ。それだけならまだしも、他種族にも迷惑をかけた。
繰り返し教えても、追い払って痛い教訓を与えても、彼らは理解しない。今回は火を放った直後に、エルフが魔法で吹き消した。魔の森の内側へ入り込んだのだ。
人族が住む魔の森の外縁に接する領地は、エルフと魔狼が住んでいる。両者は隣り合わせで領地を構え、ある程度は自由に行き来していた。そこへ人族が入り込めば……当然、揉め事の種になる。
「ベルゼビュート」
「なによ、あたくしだって忙しい……その顔はまた人族?」
人の顔を見て判断するとは、察しが良くなったようで。ここ数十年の間、ほぼ毎年繰り返している。嫌でも察しが良くなるだろう。
「もう! ルシファー様のためとはいえ、あんなこと言わなければよかったわ」
自慢のピンク髪を乱暴にかき上げ、唸るように吐き捨てるベルゼビュート。彼女の気持ちは察して余りある。これほど頻繁だとは思わなかったはずだ。私やベールでさえ、呆れているのだから。
痛い目に遭って撤退するのに、翌年同じことをする。ここまで考えなしの種族は、魔族に存在しなかった。想定外とは、まさに人族のことだろう。
「言った以上はやるわよ。またエルフのところ?」
「ええ。こちらをどうぞ」
報告書に添付された地図を見せれば、左手に薔薇の花を掴んだまま転移した。お気に入りの薔薇の手入れをしていたようですね。気の毒なことです。
「なあ、今のベルゼ……何してたんだ?」
「人族が騒動を起こしたようです。鎮めに行きました」
本心では地の底に沈めてしまいたいが……約束した限界にはまだ届かない。淡々と、騒動を起こした回数を記載した。
「うわっ、もう四十三回? 早いなぁ」
「やはり滅ぼせばよかったと思いませんか」
鎌をかけるつもりで話を振れば、ルシファー様はきょとんとした顔で首を傾げた。しばらく視線を彷徨わせて考え、ぽんと手を叩く。
「人族の話だよな? 急に変なこと言うなよ。びっくりするだろ。これでいいよ」
さらりと肯定され、こちらが呆気に取られる。懐が広い、器が大きい、そんな表現がいくつも浮かんで消えた。最後に残るのは、「ああ、勝てないですね」の諦めだ。
「対処はベルゼビュートが?」
「ええ」
「面白そうだから観に行こう」
観戦すると言い出した主君に、私はあっさり同意した。ベールには悪いですが、留守番を頼むとしましょう。こんな楽しそうな機会、滅多にありませんからね。
ルシファー様が実際の現場で、何をどう判断するのか。人族の醜い行動は何度も見てきた。彼らは吸血種に襲われると、仲間を見捨てて逃げる。それどころか、同族を差し出して自分だけ助かろうとする個体ばかりだった。
魔獣相手でも、同様に仲間を犠牲にする。個体数が多く、すぐ増える部分は驚嘆しますが。滅亡しないために数を増やすのは、弱者の理論ですね。
転移するルシファー様を追って、ベルゼビュートを目標に飛ぶ。目の前に広がる光景は、焼け焦げた森だった。
「今回は広大な面積を焼きましたね」
「この時期はエルフも忙しくて、気づくのが遅れたみたいよ」
ベルゼビュートが、ふんと大きな胸を張って答える。痛々しい森の姿に、ルシファー様は肩を竦めた。
「魔力と雨があれば、すぐ復活するだろ」
けろりと言い放ち、己の魔力を振り撒いた。上質で密度の高い魔力が、荒れた森の表面を癒していく。ぱちんと指を鳴らし、雨も追加した。森はむくむくと成長し、人族が逃げ切る頃には元通りに葉を揺らす。
「これでよし」
この人は、どこまで人族の暴挙を許容するのか。楽しみですね。




