54.見守る価値はないでしょうが
「最初に会った時から、だいぶ進化しているだろ? もしかしたら、もうすぐ話すかもしれない。芽を摘むのは早過ぎるんじゃないかな」
思いがけなく、冷静に返されて溜め息を吐く。感情的に反対されたら、押し切れたものを。ルシファー様は時折、こちらの考えを読んでいるのでは? と思う反応を見せる。
勘がいいだけか、それとも本当に読んでいるのか。見つめても、きょとんとして首を傾げるだけ。本心はわからなかった。
「かなり待ったと思いますが?」
「うん? いや、まだ数百年だろ。一千年くらいは必要だと思うぞ」
反論しようとした私に、手を翳して止めたベールが頷く。代わりに前に出たベールは、淡々と事実を並べた。
「魔の森に火を放つ愚かな生き物を庇うのですか」
「だから、進化の途中だったら失敗もするじゃん。目くじら立てて怒らなくても」
「魔狼に襲いかかり、エルフを殺そうとした。ご存知ですか」
「知ってるけど……」
どうしても譲りたくない。そう示すが、理由らしきものは出てこなかった。勘だけで発言しているようだ。
「ねえ。こうしたらどう? 何かあったらアスタロトが記録して、あたくしが動くわ。その問題行動の回数が限界を超えたら、あの獣は処分する。これなら、皆が少しずつ我慢すれば済むわ」
普段はいい加減なベルゼビュートだが、こういった仲裁には長けている。感情に大きく左右される精霊を纏める彼女は、妥協案を提示した。特に問題はないため、ベールもルシファー様も頷く。
「それじゃ……コレは纏めて捨ててくるわね」
「せめて置いてくると言え」
うふふと笑うベルゼビュートに、言い直す気はないようだ。ルシファー様の苦笑いに、私は結界を解いた。途端に溢れる騒音を遮断するように、ベルゼビュートが円を作って奴らを消す。
「魔法陣は面倒臭いから、簡易版よ」
「魔力を喰われそうだな」
「うーん、そうね。竜族くらいなら平気だけど、かなり持っていかれるわ」
魔法陣の研究はまだ続いている。円を描いた内側に適用した魔法は、ベルゼビュートの力技だった。かなり強引だが、着地に失敗しても誰も損をしない。その意味で、実験に近い魔法を放置した。私の笑みに、ベールが眉根を寄せる。
敵や害虫にさえ、こうして正しくあろうとする。これはベールの本質なのだろう。私とはまったく違った。実力者三人の性格がすべて違うのは、魔の森の意向だ。となれば、選ばれたルシファー様は、もっとも魔の森の意思を汲む存在だった。
ルシファー様が選んだのなら、我々は従うべきだろう。多少の抗議をしたとしても。
「ルシファー様、今回の措置はあくまでも暫定の猶予です。大きく仕出かせば、人族は消します」
「させないけどな」
誰でも救う気の魔王は、執政者としては失格だ。常に選択を迫られる立場の者が、理想を口にすれば追い詰められる。掲げて人を魅了するのは構わないが、理想は叶わないから理想なのだ。もし確実に手に届く距離にあれば、それは現実の一部でしかない。
この人がそれを理解するのは、まだ先になりそうですね。早く理想を捨てればいいと思う反面、今のルシファー様が変わらない未来を望む。人の心とは、どこまでも不思議で奥深いものですね。
「何考えてるんだか知らないが、にやけてるぞ」
「失礼ですね。これほど整った顔なら、どんな表情でも美形です」
「お前が言うと、嫌味にもならないな」
何やら気に入ったようで、明るくからりと笑ったルシファー様は背伸びした。両手を伸ばして体を解し、魔狼を送り届けるために転移する。
ベールと二人になった、城前の草原。ルシファー様のいない間に、こそりと会談が行われたのは……当然のことだった。




