53.魔族ではなく、ただの獣では?
魔狼の一団が咥えて運んだのは、合計四匹の人族だ。まだ魔族認定されていないので、人ではなく獣扱いだった。
魔王城の前に広がる丘に、魔狼が六頭現れる。広がる草原の中に、彼らは連れてきた獲物を並べた。
「四匹ですか。ご苦労でしたね、後で褒美の牛を届けさせましょう」
さっと部下に合図を送り、肉の手配をさせる。魔族は弱肉強食の掟に加え、信賞必罰を謳ってきた。良いことをすれば褒美があり、悪い行いには罰を与える。単純にこれだけなのだが、驚くほど結束力が高まった。
ルシファー様もこのルールには逆らわず、上手に活用している。空中に立ちながら、巨大な魔狼達を撫でた。最強の魔王に褒められることを、誉れと感じる種族は多い。魔狼達は尻尾を大きく振り、大喜びだった。
咥えて運ばれた人族は、まだ動けない。食われたと勘違いしたようで、喚き散らす個体もいた。うるさいので結界を使って囲う。音を遮断しておけば、騒ぎは聞こえなかった。
「さて、意思疎通を図ろうか」
ルシファー様は長い裾を捌いて、器用に結界に近づく。ぽんぽんと手で叩き、中の様子を観察した。
「なあ、これとあれ……会話していないか?」
「……ただ喚きあっているように見えますが」
眉根を寄せて否定する。会話しているように見えなくもない。そう表現したくなるのは、この種族が嫌いだからだ。強者に対して無礼な態度を取る。どうやら、他者の強さを感じ取る能力が足りないらしい。
それくらいなら森で食われて消えればいいものを。手間を増やされる予感しかなく、魔力がゼロに近いため利用価値もなかった。周辺に住む種族とトラブルを起こし、森を焼き払おうと火をつけた事例も報告されていた。
まさに害虫だろう。利益をもたらさぬどころか、悪い影響を持ち込みそうだ。私のこの直感は正しい。
「そうかなぁ……音を通してみろ」
「音量は絞りますよ」
うるさいので、音の上限を決める。そう伝えてから、少しだけ結界を緩めた。漏れ聞こえる音は、意味をなさない。だが、いくつか単語らしき音を発見した。同じ響きを繰り返している。
「オレ達と違う言語でも、会話ができればいいんだよな?」
「いくつかの種族を経由してでも、我々に意思を伝えられることが条件です」
勝手に内容を書き換えないでください。きっちり言い渡す。直接でなくとも、通訳を挟めば会話ができること。これは絶対に譲れないと示した。
伏せて尻尾を振る魔狼達は、興味深そうに我々の会話に聞き入る。近隣住民でもある人族の分類は、彼らにも大きな影響を与えるはずだ。聞く権利はあるし、口を挟むことも許容範囲だった。
「あなた方は、どう判断しますか」
話を向ければ、代表として先頭の魔狼が口を開く。ほとんどが黒に近い毛並みの中、彼だけが灰色をしていた。色の違いだけでなく、体は大きく魔力も強い。群れの長だろう。
「隣人ならルールを守らせないといけません。我々が望むのはそのくらいです」
勝手に攻め込んで、領地を荒らすな。それさえ守れば、森の外に住む連中に興味はない。魔狼の言い分に、それもそうですねと納得した。
「ベールとベルゼビュートの意見も聞きましょうか」
彼らを呼ぶために、名前に魔力を滲ませる。召喚の意図を持って口にした音は、彼と彼女に届いた。現れた二人は、足元に転がされた人族を眺めて眉根を寄せた。
幸いですね、私と同じように不快に感じている。ルシファー様が反対しても、処分できそうです。
「人族は何度撃退されても現れる害虫です。魔力もほぼなく、森に住むことはできない。そのくせ、他者の実りを奪おうとした。極刑に値するでしょう」
「だが、一応魔族だと思う」
「ルシファー様、意思疎通のできない魔力なしは、ただの獣ですよ」
にっこり笑って、主君の温情を否定した。




