52.魔力が少なく言葉の通じない動物
「外敵の襲撃です」
聞いたことのない報告に、私とベールは顔を見合わせた。ルシファー様も、執務机できょとんとしている。ようやく書類に向き合ったのに、また処理が遅れますね。
止まってしまった主君の手元を嘆く。あの手を動かすために、宥めすかして連れてきたのに。肩を落としながらも、報告の続きに耳を傾けた。
「どんな外敵で、どこから来た?」
興味津々のルシファー様は、無邪気に質問を向ける。報告に駆け込んだ魔犬族の青年は、ぴしっと敬礼してから口を開いた。
「人型の動物と思われる者らが、武器を手に魔狼族の領地に侵入しました。すでに複数回の撃退を行いましたが、懲りずにまた侵攻してきました」
「……それって、あれか? オレ達が見つけて人族と名付けたやつだろ」
「おそらくそうですね。ルシファー様、言葉が崩れていますよ」
「っ、すまん。人族は一応魔族……まあ、魔力量が少ないので動物っぽいが……」
うーんと唸りながら、ルシファー様がペンで机を叩く。ペン先ではないので止めないが、行儀は悪い。と思ったら、すぐさまベールに指摘されてやめた。
「現場はアスタロトに一任しましょう」
ベールがさっと判断を下す。ベールは書類の処理に忙しく、ルシファー様を向かわせる気はない。となれば、動けるのは私だけですか。それなりに仕事はあるんですが……。
記憶力が優れているため、処理能力は高い私が一番動きやすいのも確かです。承知しましたと答えた。
「狡いぞ、アスタロト」
「何がですか?」
仕事で出向くのに……狡い? 首を傾げて待てば、思わぬ反応が返ってきた。
「オレが名付けた人族だぞ。オレの管轄だろ」
「……手元の書類を処理し終えてから、もう一度発言してください」
ベールがきっちり言い渡す。書類の紙を乱暴に避けるルシファー様と、睨みつけるベール。睨み合う彼らは忘れていますが、報告に来た魔犬族が驚いていますよ。
「報告、ご苦労でした。あとはこちらで処理します」
「あ、はい。失礼します」
ここでベールが項垂れる。完全に失念していたのだろう。廊下への扉が開いていたので、通りかかった数人も話を聞いている。不安が広がる前に動くとしましょうか。
「ルシファー様、手元の書類の左の束、そうそれです。片付けたら人族の騒動を治めにいきましょう」
同行を許可する発言に、ルシファー様のやる気が目に見えて増した。すごい勢いで書類を捲り、署名していく。途中で明らかに間違っているものを横に弾き、修正も入れた。やればできるのに、どうして手を抜くのか。
「できた! これでいいか?」
「ええ。お見事でした、では参りましょう。ベール、後を頼みます」
「わかりました」
処理された書類を確認したベールは、穏やかな声と表情で一礼した。見送られて魔王が転移する。後を追って転移した先で、魔狼族の遠吠えに迎えられた。
「おお、無事だったか。すぐ来れなくて悪かった。どんな状況だ?」
一際大きな魔狼に近づき、ルシファー様は声をかける。ついでに手を伸ばして、無造作にたてがみに触れた。
「我らが王よ。弱く知恵の足らぬ獣に遅れを取る、魔狼ではございませぬ」
「魔狼は誇り高く、強いからな。何度目の襲撃だった?」
「片手の爪より多い程度でしょうか」
小さな爪も入れて六本あるため、それ以上と数えた。襲撃の内容は陳腐で、細く叩いて潰した鉄の棒を振り回して、追い出そうとする。無論、魔狼の硬い毛皮に弾かれ、まったく相手にならなかった。
「次に来たら、数匹捕獲していただくと助かります」
私から提案すれば、ルシファー様も「生け捕りだぞ」と追加する。簡単なことと、魔狼達は承諾した。この日はここで話が一段落する。
全力疾走した魔狼により、また襲撃された一報を受けるのは、数週間後。生け捕りにした人族を咥える魔狼が、尻尾を振りながら意気揚々と魔王城まで走ってきた。
今度こそ言葉が通じればいいが、もし意思疎通が出来ぬなら家畜として飼うつもりだった。




