51.大事な行事を忘れた罰です
膨大な魔力の塊である隣大陸は、そのまま呼び方が定着した。気づけば正式名称もないまま、公式記録に「隣の大陸」と表記されている。特に不便もないため、誰も訂正しなかった。
「隣大陸へ逃げ込むのは、いい加減おやめください。聞き分けがないなら……」
相応の処置をしましょうか? 凄むベールを前に、ルシファー様は「すまん」と小さく謝った。普段の説教と温度が違う。本気で怒っていた。
決められた謁見を放棄して逃げたことは、ベールの怒りを増幅している。他者に迷惑をかけたからだ。神龍族に新しい爵位を授ける予定が延期された。そのために準備を行い、手配して魔族を集めたベールの怒りは凄まじかった。
隣大陸に大量の落雷があり、いくつか直撃したルシファー様は降参するしかない。森ごと纏めて攻撃するほど怒り狂う側近の姿に「忘れていた」と本音で話したのも……悪手だった。
無駄に悪知恵の働く人なのに、馬鹿正直に答えるから。呆れた私は何も言わず、ただ見守る。反省する前に、ベールを怒らせないよう行動すればいいものを、と溜め息を吐く程度だ。準備や手配を無駄にされるのは、私も気分が良くない。
「次はきちんとするから」
「当然です。待たされた神龍の長にも、しっかりと詫びなさい。彼らに落ち度はないのです。どれだけ失礼な行為だったか」
私やベールが被害を被るだけなら、ここまで怒らなかっただろう。ベールは他者との和を大切にする男だ。約束を忘れて遊びに行き、戻ってこない主君の代わりに頭を下げた。公爵の地位を授かる予定の神龍も、驚いて慌てるほど丁寧に。
私には真似出来ませんね。感心しながら、ベールの振る舞いを見ていた。口ではあれこれ言いながらも、私よりよほど臣下らしいベールに……複雑な気持ちを抱く。あれほどの強者がと残念に感じるのと同時に、私より先んじて片腕の立ち位置を固める男を疎ましく思う。
なるほど、これが嫉妬か。羨ましい、恨めしい、疎ましい。暗い感情が心の底から湧き上がり、表面でぽこりと弾けた。
「アスタロト、あなたも同様です」
「私、ですか」
突然矛先を向けられ、怪訝に思う。だがベールなりのルールなら、側近の私がきちんと追いかけて捕まえ、引き摺り出すべきだと。
くくっと喉の奥で笑う。
「それは申し訳ないことをしましたね。次は手足の一本を切り落としても、連れ戻します」
「反省しているなら構いません」
私への注意はそれで終わり。
「ちょっ! オレの時と違いすぎるだろ。アスタロトに甘い……うわ、すまん……怒るな! こら」
余計な一言を吐いて、雷で攻撃されるルシファー様を眺める。転移で逃げるか、弾けばいいものを。周囲に影響を与えるからと大人しく受け止めた。こういう部分は、我々にはありませんね。
唯一の魔王として最強の地位を与えられた理由が、お人好しで善良なこの性格なら……勝てるはずはない。
「大人しく罰を受けなさい」
雲が薄く広がる青空から、何度も落ちる雷。ベールの魔力が呼び寄せたか、徐々に天候が崩れていた。灰色の低く重い雲が広がる。
「ベール、森が荒れます。この続きは隣大陸でどうぞ」
「わかりました、忠告に感謝します、アスタロト」
バカ丁寧な口調で真剣に返すベールの後ろで、ルシファー様がさらに墓穴を堀った。
「バカっ、そこはオレを助けるとこ……、ぎゃっ」
「助ける? おかしな表現を使いますね。ルシファー様の自業自得でしょう。しっかり反省してください」
笑顔で見送る。首根っこを掴まれたルシファー様がベールと消え、私はその笑顔で振り返った。
「陞爵は半年ほど延期させていただきます。迷惑をかけますが、よろしいですね?」
「「は、はい」」
びしっと敬礼して応じる人型の神龍達は、あたふたと元の姿に戻って飛んでいく。
おや、怯えさせましたか? おかしいですね。笑顔で対応したのですが。




