50.新種だらけの大陸でした
欠けた己の半身が戻ってきたような、不思議な感覚を味わった。私と俺は別の人格ではない。より本能を剥き出しにしたのが俺であり、私の内面に潜んでいただけだ。闘争本能と呼んでも構わないだろう。
食べ過ぎた餌を消化するように、ゆっくり体内に取り込んでいく。痛みも違和感もなく、私は己を融合させた。
「アスタロトは一度もどれ。オレはもう少し見て帰る」
どうするか、迷ったのは僅かな時間だった。こちらの大陸は魔力が強すぎる。このまま別れたら、元の大陸から追えない可能性があった。魔力感知ができない場所に、王を置いて戻る臣下がどこにいる?
ごくごく自然に「我が主君」と認識したルシファー様は、私の目を覗き込んでから頷いた。
「うん、今のお前ならいいか」
何もかも見透かしたような口調で呟き、にっこり笑った。不思議な言い回しだが、そもそも私の中に俺がいると見抜いたのも、この人だ。魔力が満ちた新大陸は、ルシファー様のために用意されたのかもしれない。
「おい、この植物……話すぞ、ほら」
ゆらゆらと体を揺らす植物を発見し、ルシファー様は子供のようにはしゃぐ。警戒心なく手を触れ、撫でてからカタコトの植物と会話を始めた。
魔力もあり複数の個体が確認されたため、アルラウネと名付けた。魔族として登録する必要がある。その後も新しい森を散策する我々は、複数の魔族を認識した。
数種類の幻獣、明らかに魔力量の多いドラゴン種、違う動物を混ぜたような魔獣に至るまで。出会う種族は、我々が知る生き物と少しずつ違っていた。魔獣の類も多く、人型なのに獣の特性を持つ種族もいる。
「ん、会話はできる。また魔族だな」
出会った種族に話しかけては、嬉しそうに笑うルシファー様。幼子のようにはしゃぐ。
狐の耳や尻尾があるのに、人型なのだ。獣人という分類を作って区別し、知能などは後日の確認とした。ひとまず、記録するのが優先だ。数日かけて周り、新大陸の大きさと新種族の多さを確かめた。
「一度戻りましょう。また来ればいいでしょう」
「そうだな。仲間が増えていたし、こっち側は生態も気候も違って、興味深い」
目を輝かせる主君に近づき、彼を巻き込んで転移した。同僚からの声が届かないことも、私の不安を掻き立てる。ベールが書類の催促や現状報告を求めてこない。あれほどルシファー様好きなベルゼビュートも、追いかけてこないのだ。
違う世界へ紛れ込んで、連絡が取れないのでは? そんな不安すら覚え始めた。地点を定めて飛べば、現れた瞬間に干渉される。
「どこにいたんですぅ……」
べそべそ泣きながら、ベルゼビュートが抱きつく。大きな胸を押しつけて抱きついた後、彼女は眉を寄せた。
「間違えたわ」
「そうであってほしいですよ」
さっさと離れなさい。突き飛ばされたくないでしょう。殺伐としたやり取りで、ベルゼビュートが少し先へ転移する。見える距離で今度は走って近づいた。
「ルシファー様、ずっと捜してたのに、見つからないんですもの」
隣の大陸を指差し、ルシファー様が首を傾げる。
「あの辺にいたが、追いかけてくればいいだろ」
「こちらからは魔力の塊にしか見えなくて、わからないんです! ルシファー様とアスタロトが入ると、量が増えるのはわかるんですけど……個体の区別がつかなくて」
「そこまで」
慌てて止めるも間に合わない。にやりと笑ったルシファー様の顔に、やられたと嘆く。今後、書類から逃げるたびに隣大陸を探し回る羽目になりそうだ。
余計な発言をした自覚のないベルゼビュートは、魔力で塞がれた口を解放しようともがいている。
「アスタロト、いい場所ができたな!」
「……最悪ですよ」
今後の苦労を想像し、私は額を押さえた。ベールと対策を練る必要がありますね。




