49.示された信頼に心震える
「もう一本、切っちゃおっかな」
緊迫した場に似合わぬ軽い口調で、ルシファー様が細い剣を振るった。本来は突く目的で鍛えた剣が、あらぬ切れ味を見せる。ざくりと私の左手首を落とした。
「ルシファー様、わかっていてやりましたね?」
私の中の俺を感じ取った魔王が、戻った状態に気づかないはずがない。助かったのは事実だが、右手だけで足りた。なぜ左手を? 痛みを堪えて口角を持ち上げる。
「い、いや? 気づかなかったぞ」
にこにこと満面の笑みで言うセリフではないでしょう。俺を封じ込めるため、痛みとリンクしている今……左手を落とすなど。
「ルシファー様、後ろに迫っていますよ」
「前にいるお前の方がやばい」
その手には引っかからない。振り向いた隙に何かするんだろう。ルシファー様の不審そうなセリフに、私は肩をすくめた。落とされた左手を拾おうとして……そういえば、両手が使えないのだと気づく。足元の影を操り、ぐにゃりと持ち上げた。
まず右手を修復する。治癒というより、修復の方が近かった。傷口を合わせて貼り付け、魔力を通して接着するイメージだ。アンデッド種に分類される吸血鬼は、基本的に痛覚などが鈍い。それでも切り落とされれば痛みを感じるが、他種族に比べたら軽いだろう。
手早く直し、今度は左手首を魔力で浮かせた。考えてみたら、魔力を使えばいいのに影を使うなど……。ここで考える。いつもより影の扱いがスムーズで、自由が利いたような? 俺の存在は影と繋がっているのか。
あれこれ考える私は、ルシファー様の後ろに現れた存在を失念していた。
「うわっ、やべ……ちょっ、くすぐった……いたっ」
騒ぐルシファー様の声に顔をあげれば、何かが首を絞めていた。ルシファー様の純白の髪が大きく揺れ、間から黒い何かが絡んでいる。左手も修復しながら、じっくり観察した。どうせすぐに死ぬ人ではありませんし。
黒い腕のような存在を辿れば、足元から生えている。これは……影?
「アスタロト、お前の……っ、得意な……やつ、だろ」
「残念ながら、私ではありませんね。俺の方ではないかと」
にっこりと笑いながら、魔力を辿る。ルシファー様の影に潜む「俺」と思わしき存在は、私の魔力を帯びていた。つまり、勝手に利用されているようです。体内に寄生した虫のような存在に、私はゆっくりと炎を走らせた。
黒く濁った炎が、魔王を締め上げる腕に這う。舐めるような動きで、じりじりとダメージを与えた。私の魔力が源泉であろうと、別個体である以上、効果はあがる。炙る形で引き剥がす間に、ルシファー様も足掻いた。
空中に呼び出した数本の剣を器用に操り、触手のような黒い影を切り落としていく。よく自分を切らないものだと感心した。
「これ、お前の分身か?」
「心当たりはございません」
するりと抜け出したルシファー様は、転移して私の隣に現れる。眉を寄せて、首を撫でる姿に目を細めた。白い肌に細い筋が残っている。
「油断しましたね」
「しょうがねえだろ、アスタロトの魔力と同じだぞ?」
驚きを内側に隠すが、口元がわずかに緩んだ。私の魔力だから信用したと公言するのですか。かつて戦った敵である私を、今は信頼していると? 嬉しさとむず痒さが、胸を掻きむしりたくなる感情を生み出す。
「そのお気持ちに応える意味で、私が確実に処理しましょう」
処分はしない。魔力が繋がっている以上、消せば私の力が削がれた。だったら飲み込んで消化すればいい。今度は確実に仕留める。狙いを定めて、影を縛り上げる。同じ影同士が絡み、伸び、引き戻され……千切れた。
戻ってくる魔力を確かめながら、濾過するように体内へ浸透させる。ああ、ようやく一つになれましたね……。




