42.人型だから人族、ですか
第一発見者のベルゼビュートに書かせた報告書を、ルシファー様が解読する。その隣で私が清書し、ベールへも情報共有した。暦の記録に合わせ、日付もしっかり書き込んでおく。
新種発見が確定した際に、発見日が不明にならないよう手配した。ベールはじっくり目を通してから、溜め息を吐いた。
「面倒ですが、ときおり経過を確認しましょう。魔力量などに変化が見られるかもしれません」
「ベルゼビュートの見回りルートに入れましょうか」
私とベールの間で実務的な話が決まっていく。ルシファー様はさほど興味を惹かれないのか、単純に飽きたのか。大きな欠伸をした。
「数十年くらい寝たい」
「もしやったら、起きるのが嫌になる程書類を用意してお待ちしますよ」
「うわっ、最悪だ」
いつも通りの軽口を叩き、地図を取り出した。増えた魔族の領地争いが記されている。相性、魔力の質や魔法の有無など。さまざまな要素を加味して、配置し直さなくてはならい。そこに加え、種族的な特性もあった。
水辺が必要だったり、暑い場所は苦手だったり、逆に寒くないと暮らせなかったり。洞窟の暗さが必要な種族もいる。そこを無視して配置しても、新たな騒動が起きるだけ。
真剣に検討する横で、ルシファー様はこてりと首を傾げた。
「こことここ、それからこの一族は一緒に住めるぞ。あと、水場はこっちにもある」
リザードマンを先頭に、複数の種族を一纏めにした。なるほどと納得しながら、決定事項として記載する。火に強いが仲の悪い種族を引き離し、竜や神龍を似たような岩場に誘導し……意外なほどすんなりと決まった。
森の恵みを大切にするエルフと、魔狼を隣り合わせにするのは驚いた。だが互いに補い合うようで、彼らに提案した際はあっさり受け入れられる。
「ほら、オレだってやる時はやるんだ」
得意げなルシファー様の、高くなった鼻をへし折っておきましょうか。
「普段からそのくらいしてくれるといいですね」
ちくりと刺して、むっとした顔に笑う。それから褒めて持ち上げた。
「ですが、民への見識の深さと采配は見事でした。さすがは魔王陛下ですね」
「……もう何もしないぞ」
警戒しながら、毛を逆立てた猫のように唸る。くくっと喉が震え、我慢できずに大笑いした。この人らしい反応です。素直に褒められて終わる人じゃないところが、なぜか嬉しい。
まあ、引っ掛けで「魔王陛下」と呼称したのは私ですが……。
「こないだの新種、どうするんだ?」
私が落ち着くのを待って、ルシファー様が切り出す。
「あの人型の種族は、森の外なので放置する予定です」
お人好しですね。そんなに気を配っていたら、体調不良になるのでは?
「そっか。もし森に住めるようになったら、人族と呼称しようか」
「人型だからですか? 単純ですが……構いませんよ」
地図の一番外側、森の外に人族と書き足した。満足そうなルシファー様には悪いですが、あの魔力量では、数百年経っても森で狩りもできないでしょうね。
「今度の即位記念祭に、間に合わないかな」
「確実に無理です」
人族も誘えたらいいのに。軽く思いつきで口にした案を、一言で却下した。連れてきたが最後、ドラゴンに一飲みにされます。ルシファー様は顔を顰めて「あり得る」と呟いた。
血の味によっては、同族のいい食料になりそうですね。相談したら反対されるので、もちろん口に出す愚行はしない。
「ベールが宝石を集めているのは、知っていますか? 立派な王冠を作ると聞きました」
「オレは要らないぞ」
ベールへ突っかかる主君を見守る私に、思わぬ人物が鋭い指摘を放った。
「人族……吸血種の餌にする気でしょ。ルシファー様にバレないようにやってよね」
ピンクの毛先を弄りながら告げるベルゼビュートに、目を丸くする。
「これでも三大公の一人よ。馬鹿にしないで」
確かに侮っていい相手ではありませんでしたね。




