41.意思疎通できないので保留しました
制裁と説教は後に回した。逃げられると安堵するベルゼビュートへ「利息がつきますよ」と脅しておく。すぐに計算を始める彼女は、青ざめた。金利は安くしてあげましょう。
「新種なら、まず知能の確認と意思疎通ですね。魔力は……かろうじてあるようです」
じっと見つめて、魔力量を測る。ゼロではないが、魔物と変わらないか……下回る個体もいた。あれでは魔の森で生活できない。魔力がなければ、森は見向きもしない。だが逆に、魔物にとっては動物と同じ。餌としか認識されなかった。
森に入れば恵み豊かだが、享受するには身を守れる程度の魔力が不可欠だ。この種族には魔力がほぼない。森の淵に生活基盤を築いているのも、そのせいだろうと思われた。
「森の子ではないのか?」
ルシファー様が奇妙な表現をした。森の子供ではない? ではどこから湧いて出たのか。何もないところから、生まれ出たとしたら……。
まあ、そんなことはないでしょう。過去に別の世界から放り込まれたり落ちたりした物は、すべて無機質だった。生き物は通過できないはず。魔力が弱すぎて、ルシファー様や魔の森が認識していなかっただけだろう。
「集団生活してるし、知能はありそうだけど……あの手にしている棒、何に使うのかな」
ルシファー様は彼らの生活に興味津々だった。初めて見る種族、それも魔力で身を守る術を持たない。森の豊かな恵みを得ずに、どうやって生きているのか。食料はどこから得る?
好奇心いっぱいの眼差しで、崖下を覗く。その姿は無邪気な子供、その物だった。
「まず私が先に」
「え? オレだろ」
「危険ですわ、あたしくが……」
「「それはない(です)」」
二人で揃って、ベルゼビュートの発言を否定した。もちろん含んだ意味は違う。強くても女性なのだから、危険な場合もあると考えるルシファー様。単純な脳筋なので、一人で騒ぎを起こして収拾がつかなくなると予測する私。温度差は激しいが、結論だけは一致した。
「ルシファー様は魔王陛下です。一番最後に登場する方がカッコいいですよ。それにベルゼビュート、あなたも……ルシファー様をお守りする剣なのでは?」
「そうか? じゃあ譲る」
「それもそうね、アスタロトに任せるわ」
単純ですね。笑顔の裏でさらりと貶し、私は転移を使わずに羽を広げた。魔力で浮遊し、羽で落下スピードと位置を調整する。新生物が集まる広場のような場所に降り立ち、彼らに囲まれた。
常時結界は発動しているが、この程度の魔力しか持たない者達なら、なくても問題ない。しかし侮って、恥をかく気もなかった。何やら騒ぎ立てる様子は確認できるが、言葉は当然理解できない。きぃきぃと叫ぶ動物だった。
気になるのは、この生き物同士は会話ができていること。互いに何かを言い合い、納得する様子が見受けられた。つまり、種族としての意思疎通はなされている。繁殖に必要な複数の個体があり、魔力を有する……定義でいけば、魔族の新種ですが。
認めるには脆弱すぎる。先ほどルシファー様が気にしていた棒は、先に石がついていた。その石を削って尖らせ、武器として使うつもりのようだ。こちらへ突き刺すため、何度も攻撃している。結界で弾くまでもない、弱々しい攻撃だった。魔獣の子すら、もっと鋭い爪を繰り出す。
「保留ですね」
ひらりと舞い上がり、ルシファー様の元へ向かう。
「どうだった?」
「まだ保留です。魔力ありと、繁殖個体数は確認できました。ただ我々との意思疎通ができません。あの種族内では会話らしきものを交わしていますね」
「……そっか」
せっかく見つけたのに。残念そうに呟くルシファー様の横で、ベルゼビュートがにやりと笑った。
「やっぱり、あたくしの出番ですわ。会話できるか挑戦してきます」
ひらりと舞い降り、しばらく困惑顔で首を傾げてから戻ってきた。ピンクの毛先をくるりと指に巻きつけ、眉根を寄せる。
「あれは動物と一緒で、言葉は通じません」
だから言ったではないですか。何をしに行ったのです? 二人とも、戻って仕事に精を出しなさい。




