40.また何か見つけたようです
魔法陣の研究は思ったより難航した。元が偶然の産物だ。どの記号が何を示すのか、組み合わさると何が起きるか。規則性と結果を、実験で照合していく。こういった実験は根気が必要で、ベルゼビュートはすぐに投げ出した。
まあ、元からあまり期待していない。彼女は現場の方が向いている。魔王領の見回りを任せ、報告を義務付けた。すぐにサボる彼女への対策だ。おそらく見回りより、報告書を作成する方に時間を費やすだろう。
壊滅的に汚い文字であっても、慣れで解読できる。どんな記録でも、ないよりあった方がいい。私はそう考えて、彼女の報告書をすべて棚に片付けた。緊急事案があれば、今回のように「大変」と飛び込んでくるはず。
「大変よ、変な生き物が森の外れに寄生してるわ」
いつもながら、ベルゼビュートは騒ぎが大きい。今度はどんな魔物やら。過去の騒動を思い浮かべ、こういった部分もルシファー様に似ていると溜め息を吐いた。
「なんだと?! すぐに行こう」
大喜びで飛びついたのは、ルシファー様だ。せっかく書類に集中していたのに、興味を引かれたら終わり。一度削がれた集中力は戻ってこない。諦めて、仕事の中断を許可した。
「構いません、先にそちらを片付けてください。ですが……終わったらすぐに戻る、いいですね?」
「もちろんだ」
私は柔らかな笑みで、守れない約束をする主君を見送る。約束を破ったら、酷い目に遭いますよ。と散々アピールしておいた。
ルシファー様の机から、二束ある書類の片方を受け取る。可能な範囲で処理し、不備を仕分けた。やはり文字を学ばせる必要がある。それから基礎学習も義務付けられないだろうか。書類の練度が低すぎて、添削のようになってしまう。
いや、いっそのこと……代筆業を認めるのはどうでしょうね。書類代行を生業として認め、それなりの報酬を約束する。いい考えかもしれません。ベールに提案しようと立ち上がったところで、呼び出しがあった。
転移で移動したであろうルシファー様の魔力だ。直接届かない声を、指向性を持たせた魔力に乗せて送る。高度な技術を日常使いするルシファー様の声に、やれやれと首を横に振った。今すぐ来い? 他人の都合を考えずに、自分勝手ですね。
そう愚痴りながらも、呼ばれないよりマシと思ってしまう。なんだかんだ、無鉄砲で自分勝手な主君を認めているのだ。
「ベール、少し出てきます」
「わかりました」
ルシファー様を連れ戻しに行くと思ったのか。あっさりと承諾したベールが、銀髪をさらりとかき上げる。力の象徴である銀を持ちながら、短く切る彼の本音はいつか聞き出してみたい。まあ、私も短くカットしたので、人のことは言えませんが。
魔力を辿って転移した先で、ルシファー様とベルゼビュートが並んで座る。巨大な岩が割れた崖の上で、その下を覗いていた。
「ああ、来たか。アスタロト……あれ、新種か?」
問うたルシファー様の指が、崖下を示す。素直に視線を向ければ、もぞもぞと大量の生き物がいた。
魔力量の少なさを示す、濃色の髪や肌。もちろん翼や羽は見当たらない。それどころか、耳、尻尾、毛皮や鱗もなさそうだった。つるんとした肌は、我々の人型と似ている。
「……人型ですね」
「ああ、だが初めて見る。集団行動をしていて、知能はあるようだ」
向こうに聞こえたら怒られそうな発言をするが、誰も反応していない。この程度の距離で、音が拾えないのか。それとも言葉が通じない可能性もある。
「ひとまず、意思疎通の確認からでしょうか」
「ルシファー様、あたくしと同じ意見じゃないですか。アスタロトなんて呼ばなくてよかったのに」
ほう? 本人を前にいい度胸ですね。おや、なぜ震えているのですか。ベルゼビュート、私は笑顔だというのに、失礼でしょう。




