04.新種で間違いないですね
持ち帰って調べたところ、確かに新種だった。魔族はまだ新種ばかりで、分類された種族の方が少ない。
古くから確認されているのは、神龍族と竜族だ。明らかに見た目が違うため、鱗の種族同士なのに別と判断された。性質だけでなく、空の飛び方も違う。神龍は神獣の分類だが、ドラゴンは魔獣の一種だった。
ここに魔獣や精霊、幻獣が加わり、吸血種を筆頭とするアンデッド種がいる。先日、ルシファー様に逃げられたデュラハンは、アンデッド種だ。とにかく種族が多く、分類を細かく行うとほとんどが新種になってしまう。
魔獣に灰色の狼はいるが、この子犬は特徴が一致しなかった。額に生えたツノ、二本ある尻尾、よく見れば爪の本数も多い。中庭に繋いだ子犬は、くーんと鼻を鳴らした。とてとてと走ってくる魔狼を呼んでいるらしい。
魔狼はすたすたと近づき、鼻を近づけて匂いを確かめた。首を傾げているから、どこの子か悩んでいるようだ。
「魔狼の一族ではありませんか?」
「違いますな」
あっさり否定され、ツノを折ったら狼に育ててもらえるのでは? と期待した気持ちが落ち込んでいく。
「仕方ありません。しばらく中庭で飼うしかありませんね」
ルシファー様の思惑通りになるのは業腹でも、自分で狩りもできない幼子を見捨てるのは難しい。二本の尻尾を振る子犬を撫でて、溜め息を吐いた。
「ここで大人しくしていなさい。あとで散歩します」
元気よく、わふっ! と鳴いた子犬を置いて離れた。先ほど新種判定したルシファー様が、肉塊を担いで現れる。収納魔法があるのに、どうして服を汚しながら運んできたのやら。尋ねたら「忘れていた」と返ってくるのだろう。
「ほら、肉だぞ……はははっ、それはオレの腕だ」
餌として魔物の肉を持ってきたのに、唸った子犬に噛みつかれている。好きでも相手に好まれるわけではない、いい例ですね。くくっと喉を震わせて笑い、執務室へ向かった。部屋に入るなり、ベールに睨まれる。
「陛下をお見かけしませんでしたか」
「中庭で子犬と遊んでいましたが?」
小さな声で礼を告げ、ベールはその場から転移で消えた。残された書類が風に吹かれて舞う。魔法で起こした風を使って拾い、さっと目を通した。一度読んだ書類の内容は忘れないし、記憶は次々と重なり合っていく。それでも上書きされないため、便利なようで嫌気がさしていた。
つい先日見た書類ですね。ベールが不愉快そうな顔をしていた理由に思い至る。なるほど、処理したフリで署名なしを提出したのですか。悪知恵だけはよく働く人です。
ルシファー様の器用さに、自然と笑みが浮かんだ。手元に残っている書類は、重要ではない雑用に近い内容ばかり。きちんと抜き出して残すのは、内容を把握している証拠だ。ベールに理由を説明し、突っ返せば済むものを……。
天才なのか、ただの阿呆か。前者でも後者でも面白い。
「おや、思わぬ収穫ですね」
ルシファー様ではなく、あの子犬の声が聞こえる。新種の魔族と主張したルシファー様の主張は、どうやら正しかったようですね。
執務机の影に吸い込まれるように、私は闇に身を溶け込ませる。子犬の影から姿を現し、目の前にいる二人に一礼した。
「助かった! アスタロト、ベールが……」
「邪魔をするつもりですか?」
あなたも痛い目を見ますよ。そんなベールの冷たい口調に、持ってきた書類を突きつける。目の前にだされた書類に、ベールの眉根が寄った。
「よくご覧なさい。これらは雑事であり、魔王陛下の署名が必要な重要書類と呼べないのでは? 雑事までルシファー様の仕事にすれば、権威が損なわれます」
「……一理あります。検討しましょう」
目を丸くして子犬を抱き締めるルシファー様の腕を、がぶりと子犬が噛んだ。伝わる声は、魔力を帯びている。ルシファー様も気づいたのか、腕の中の子犬に視線を落とした。
「この子犬……腹黒いですね」
「そんなふうに言ってやるな。本能に忠実なんだ」
殺されそうで怖いから私に従うが、拾ってくれたルシファー様は親愛の情を込めて噛んだ。私を呼んだのも、ルシファー様が危ないと判断したから。そう告げる子犬は、二本ある尻尾を器用に振り分ける。誤魔化しているつもりか。
赤い瞳で睨めば、子犬は「きゃん!」と鳴いて被害者のようにルシファー様の脇に鼻を突っ込んだ。ツノ、刺さりそうですよ。