39.魔法陣と名付けるつもりだ
大抵の発見は、偶然から始まる。今回も同様だった。絵を描く子供が、いくつも円を描いた中に記号を入れた。便宜上、記号と称しているが、実際は意味不明の線だ。重なって文字や絵のように見えるだけだった。
いくつも描いた絵を、燃やして処分しようとした子が、火を起こす魔法を使った。ところが突風が吹いて絵が飛んだ。その騒動を見た者が、慌てて報告した先がベルゼビュートである。胡散臭い話に、当初は信じなかった。
火の魔法が途中で風に変わるなど、あり得ないからだ。本人の魔力を燃料に、願った効果をもたらすのが魔法の原則だった。狙う効果が出ないことはあっても、別の魔法が発動するはずがない。ましてや、今回風を吹かせた子は、火の魔法しか使えなかった。
子供達はムキになって、証明しようとした。思い出しながら同じ絵を描き、隣で火の魔法を使ったのだ。数回の実験を経て、実際に風魔法が発動した。驚いたベルゼビュートがその絵を複製し、ルシファー様へ報告したのが今回の顛末だった。
ルシファー様によれば、いくらか調整した結果、風魔法の法則を複数発見したようだ。記号により、起きる現象が変わる。
「つまりだ。上手に利用すれば、魔族はどんな魔法でも扱えるようになる」
本人の属性に関係ない魔法が扱えるなら、素晴らしい発見だった。飛べない種族が空を舞ったり、魔法の使えない者が転移を利用したり出来るはず。
「すぐに研究者を募りましょう」
「ああ、頼む。現在わかってるのはこれだ」
並んだのは四枚の紙だった。似たような記号と円だが、よく見れば少しずつ違う。突風、そよ風、風の刃、竜巻らしい。
「これが一番危険かな」
風の刃と書き足された紙を拾い上げ、わずかに魔力を流す。かなり微量だったのに、飛んだ刃は大木の幹を切断した。ぐらりと傾いた木が、ずずんと地響きと共に転がる。風の刃はその奥の茂みも掠め、消えたようだ。
「威力が……想像以上でした」
「だろ? だから暫くは封印予定だ」
なるほどと頷いた。強大な力を手に入れれば、使ってみたくなる。今まで風魔法の脅威のなかった地域や種族の間で、この魔法が飛び回れば……被害は甚大だ。想像だけで恐ろしくなる。
「そよ風や突風はまあ、なんとかなるだろ。竜巻も研究用だな。魔法が出るから、魔法陣とかどうだ?」
前半は頷きながら聞いていたが、後半で首を傾げる。それはベールも同じだった。
「まほう、じん?」
「これの名称だ。なかなかいいだろ」
「……そのままですね」
魔法を発動する陣。この人のネーミングセンスは、かなり直球だ。しかし今回はそれが功を奏した形だった。わかりやすく、魔法と区別がつくなら問題ない。
「陛下、研究のために実験場が必要になります。こちらなど、いかがでしょう」
ベールは地図を取り出し、大陸の一角を指差した。大陸の七割は、薄く色がついている。魔王が治める魔族の領地、すなわち魔王領だ。まだ未開の地である森の奥は、色がなかった。その境目を指差す。
「うん、いいと思うぞ」
ここでルシファー様に許可を得る理由は、話ができない魔の森へのお伺いである。会話のできない強者である魔の森は、ルシファー様がお気に入りだ。彼が納得すれば手出ししないし、逆に問題があればルシファー様が懸念を伝える。
一心同体とまでいかずとも、かなり近しい存在だった。互いにある程度通じている。ベールも私もそれを利用し、大きな動きの前に確認を取ることにした。森を敵に回したくないのは、魔族なら共通の思いだろう。
「いっそ、森を切り拓いたらいいんじゃないか? 向こう側まで、こんな感じで」
ルシファー様が指先で、地図に新しい色を足す。ほぼ海岸線まで到達する新しい領域に、我々は顔を見合わせた。また仕事が増えそうです。




