38.一万年経っても変わらぬ我ら
「アスタロト、次の即位記念祭は節目です」
呼び止められ、首を傾げた。数千年もあっという間、魔王城に勤める者も同族も、次々と世代交代していく。そんな中にあって、魔王と側近に変化はなかった。いや、魔力量は少しずつ増えている。
外見に変化が見られなくなり、寿命の底がわからなくなった。増えた魔力により、新しく使えるようになった術や魔法もある。
「ちょっと! こないだ、偶然発見したんだけど」
奇妙な図形を片手に、ベルゼビュートが割り込んだ。話に割り込むのは行儀悪いと、何度注意したら直るのか。この点はルシファー様の方がマシだった。最近は順番待ちを覚えて、大人しく待っている。
「ベルゼビュートは後にしてください」
「でも、忘れちゃうわ」
「それならそれで結構」
すぐ忘れる程度の内容なら、問題なし。切り捨てて、ベールに向き合う。
「節目というと、ああ……なるほど。一万年に到達しましたか」
即位記念祭が十年に一度と決まってから、一千年単位を大きく祝うようになった。魔王ルシファーの治世がこれほど長く、平和に続いていることを民に知らしめる。と同時に、魔王は他の魔族と別格なのだと刷り込んだ。
こちらが魔王の権威を高めようと努力するのに、ぶち壊すのはルシファー様自身なのだが……。不思議と民の評判はよかった。
「ええ、重要な節目として新しい何かを発表したいのですが」
「ここ最近は目新しいものは……」
「だから! あたくしの話を聞きなさいっての!」
ピンクの髪が視界に飛び込み、彼女は目の前に記号の描かれた紙を突きつけた。面倒ですね。叩きのめして理解させるか、先に彼女の案件を片付けるべきか。
「目新しい発見よ。ほら! この記号に魔法が入ってるの」
ベールと顔を見合わせ、二人同時に眉根を寄せた。何を言い出したのか、不審さが顔に出る。
「ベルゼ、もう話したか?」
さらに嘴を突っ込んで、話を複雑にする人物が現れた。ルシファー様は私達の表情と、腰に手を当てて紙を振りかざすベルゼビュートの姿に事情を察したようだ。苦笑いしながら丁寧に補足した。
「さきほど、面白い法則を発見した。この記号に風の魔法が組み込める。ただ魔力を流すだけで発動するんだ」
風の属性がなくても発動する。夢のような話に、ベールも私も半信半疑だった。そこでルシファー様は、通りかかった魔犬族の子を呼び止める。まだ若く、人型を取るのも難しい子だ。
「風の魔法は使えるか?」
「いいえ」
恥ずかしそうに答える彼に、ベルゼビュートから取り上げた紙を手渡し……ルシファー様はもう一度取り上げた。
「ベルゼ、線が汚なすぎる。誤作動したらどうする」
文句を言いながら、同じ記号をすらすらと記した。新しい記号を手渡し、魔力を少しだけ流すよう伝えた。困惑顔の魔犬族の子は、言われた通りに魔力を動かす。
観察するため、厳しい目を向けた。それはベールも同じだ。ルシファー様やベルゼビュートの魔力が関与しないか、目を凝らす。ふわりと風が起きた。
「え? うわっ、なんだこれ」
驚いた魔犬族の子が手を離すと、風は消えた。魔力の供給が途絶えたためだろう。
「協力、ありがとう。皆で休憩に食べるといい」
ルシファー様は笑顔で、焼き菓子を渡す。つい数十年前に魔蜂が発見され、甘味が普及した。蜂の巣を壊して奪うのではなく、彼らと交渉して余剰分を貰う。代わりに餌となる魔獣を提供した。
蜂は子供のうちは親の集めた蜜を食べるが、成長すると肉食になる。互いに損をしない取引で得た貴重な甘味を、ルシファー様は惜しみなく民に与えた。独占も可能な立場なのに、奇特なことだ。
魔犬族の子は、お礼を言って走り去った。尻尾を大きく振る後ろ姿からは、風の魔法は吹き飛んで忘れられているらしい。
「魔犬族は魔力を持つが、魔法は使えない。なのに立派に使いこなしたぞ」
得意げに胸を張るルシファー様の隣に陣取り、ベルゼビュートもふふんと鼻を鳴らした。なるほど、確かに立派な発見でした。手を叩いて褒め、詳しく聞き出すことにした。ベールの悩みも解決する、最高の報告です。




