37.現時点では魔物ですね
名称は亀に決まった。その後、ふらりと顔を見せたルシファー様により「霊亀」と名を改めた。
「これはおそらく、一匹しかいないやつだ」
特別っぽいぞ。そんな口調でルシファー様が断定する。魔の森から知識を得たのか? 目配せで問うも、彼はきょとんとした顔で首を傾げた。
「オレの勝手な直感だ」
「わかりました」
つまり魔の森の意思だろう。少なくとも現時点で、二匹目を生み出す気はない。そう受け取った。下手すれば、ルシファー様が宣言したから……が理由になって仲間が増えない可能性もある。
「では魔族認定ではなく、魔物ですね」
先日、魔族の定義が更新された。魔力があること、意思疎通ができること。この二つに加え、繁殖できる同種が存在すること、が加わったのだ。
そもそも「魔族」の意味が「魔の森で繁栄する一族」となる。繁殖せずとも滅びない、魔王ルシファーのような存在は稀有だった。ルシファー様は魔王種に分類され、魔族ではなく魔物でもない。魔の森と同じ分類となった。
大公はそれぞれに独立しているが、私はきちんと同族がいる。魔力量や能力の違いで寿命に違いがあっても、同じ吸血種だ。ベルゼビュートも精霊に属する。残るベールも、鳳凰や虹蛇と同じ幻獣種と思われた。
この霊亀は単体である以上、子を産まない限り魔族にはなれない。
「単純なルールだからわかりやすくていい」
ルシファー様は魔族の定義に納得する。
「ルシファー様、また書類を読まずに処理しましたね?」
「うわっ、藪蛇だった」
慌てて逃げ出す。追うフリをしたが、すぐに見逃した。ベールに叱られる未来が待っているのに、私の説教まで受けたら許容量を超えそうです。
何も読まずに、署名欄に名を書いたから、今回の魔族分類を知らなかった。何も言わずに黙って誤魔化すほどの、悪辣さもない。愛すべき怠け者ですね。やれやれと首を横に振ると、不思議そうな顔でベルゼビュートが見ていた。
「なんですか?」
「いいえぇ? あたくしには冷たいのに、随分とルシファー様にご執心ですこと」
優しいじゃないの。嫌味なのか文句か。ベルゼビュートは腕を組んで不満を表明した。あたくしにも優しくするべき、と付け加えたところで笑顔を作る。距離を詰め、細い腰を抱き寄せた。
「こんなに優しくしているのに、不満ですか?」
「どこがよ!」
飛んできた平手を避け、くくっと喉を震わせて笑う。こういった悪ふざけも、たまになら構わない。足元では、大地を割って生まれた亀が、海を目指していた。塩水が満ちた、大きな世界へ。
迷うことなく進む亀が到着するのは……結構かかりますね。
「半月くらいかしら」
「もう少し長く見たほうがいいですよ。動かない期間もあるでしょう」
早く領地を返してほしいベルゼビュートの溜め息に、苦笑いで返した。半月どころか、一ヶ月はかかるだろう。今は満月の手前だから、欠けて戻るまで。
「仕方ないわ。ところで、割れた大地は戻してもいいのよね?」
「任せます」
「戻ってこられないよう、完璧に塞いでやるわ!」
大地を動かし、風を吹かせ……燃やして冷やす。精霊達が得意とする分野だった。
亀が移動するたび、精霊が大地を回復させ、森が魔力を満たして木を生やす。綺麗に修復され、一年もしないうちに眼下は森の風景に変わるだろう。
「新しい魔物や魔族を生む際、もうすこし穏やかな方法でお願いできると助かるのですが……」
毎回呼び出される騒ぎを伴うのは、大変だ。そうぼやいた声は風に乗り、魔の森に届いたらしい。その後生まれる魔族や魔物はひっそりと、静かに数や種類を増やしていった。




