35.あなたは私を何だと思って
自分勝手な気分屋――それでいて、芯は通っている。ルシファー様にとって、己の懐に入れた存在を傷つけるのが敵。そうでなければ放置した。明らかに武器を構えて襲ってきても、脅威とみなさない相手なら追い払って終わりだ。
あの卵は、私を傷つける原因になった。魔の森を困らせる存在だった。無垢で無害な卵であっても、身内の害になるなら排除する。この点は彼らしい、筋の通った考え方だった。一本の芯は揺るがないようだ。
「処分したものは仕方ありませんが……」
「なんだ、自分でやりたかったのか! だけど復讐とかよくないぞ?」
なぜこの人は、無邪気に人の神経を逆撫でするのでしょうね。そんなこと誰が教えたのか。ぎりりと牙を鳴らし、睨みつけた。
「っ、わかった。次に見つけたら、アスタロトにやる。だからそんなに怒るな」
「全く理解していませんね」
きょとんとした顔の上司に、さらに説教は長く続いた。ルシファー様がうんざりして、うたた寝を始めるまで。詰められている自覚がないのは、逆に感心します。
「陛下、いつまでサボって……失礼しました。アスタロトの教育的指導の最中でしたか」
「もう終わりますので、ベールに引き継ぎましょう」
「それは助かります」
え? ちょっと待て! 慌てて叫ぶルシファー様は、そのまま連れ去られた。私から逃げるより、ベールを振り切る方が……後始末は大変ですよ。笑顔で手を振って見捨てる。
「城の点検をして、同族の被害を確認。それから……」
手順を口に出して確認し、城へ転移してた。後回しにしたが、助けを求めに飛び込んだ者がいないのなら、問題ないでしょう。すでに手遅れなので、私を呼ばなかった可能性もあります。その場合も、弱肉強食のルールに従い、当人も納得の上となる。
魔族の世界は細かな決め事がない代わりに、最強のルールが鎮座していた。弱肉強食と魔力量の法則。魔の森へ無礼を働かなければ、森も牙を剥かず保護してくれる。
適当なところで、ルシファー様をベールから回収しないと、また爆発しますね。詰め込みすぎて、忽然と消えた事件を思い出す。実際は城の裏庭に隠れていたのだが、全力で結界を張られて魔力を遮断された。
普段から魔力に頼る我々は右往左往し、混乱の大きさにビビってルシファー様が自首する。あの件以来、様子を見ながら息抜きを許してきた。有能な上司でもあるルシファー様は、やる気さえあれば午前中に書類を処理する。その集中力を日課にしてくれたら、誰もが助かるのですが。
それを嘆願されても、数日で忘れる。自由に振る舞い、逃げ回り、新しい騒動を拾ってくるだろう。想像がつくので、無駄なことはしない。
「……我が君、こちらが城の被害です」
「思ったより多いですね」
同族で霧に飲まれて消えた者が、三人。逃げ回ってケガをしたのが二人。壁や床の損傷箇所……細かく記された報告書に目を通し、一番下に署名した。
「見舞いは相応に、あとは任せます」
部下が相手でも丁寧な口調は崩れない。これが崩れるのは、特別な状況だけだった。長い裾をゆったり捌き、私は漆黒城を後にする。
魔王城の中庭は、立派な果樹が数本植えられていた。管理するのは、妖精族だ。精霊の一種と位置付けた彼や彼女らは、確かに同系列だった。風を操り、大地や森と会話し、育てることに特化している。
野菜や果物を任せれば、声を聴きながら上手に育て上げた。そのため魔王城の庭の管理も任せている。もう少ししたら周辺の管理も任せ……いや、先に鍛えておかないといけませんか。
やる事が多すぎて、着手の順番に悩む。そこへ、今度は精霊女王を自負するトラブルメーカーが飛び込んできた。
「大変よ、大地が割れたわ!」
本当なら一大事ですね。本当なら……。




