31.居城へ侵入した獲物がいる
この頃、ようやく即位記念祭の回数が減らされた。十年に一度、ルシファー様が認めた回数だ。少ないか、多いか。民の間で意見が交わされたものの……さすがに今までの毎年は多過ぎた。
種族により寿命は異なるが、短命な魔獣であっても数百年生きる。人生の間に数十回行われれば、一度くらいは参加できるだろう。それが基準となった。場合によっては、送迎してもいいぞ。と転移の使える魔王が言い出したことで、ほとんどの民は折れた。
さすがに魔王を呼び出し、祭の送迎に使おうとする命知らずはいない。もし現れたら、ベルゼビュートが切り刻むだろう。私は見物するつもりだが、あまりに失礼なら教育してもいい。そう笑ったところ、暗黒の微笑み呼ばわりされた。民の間で噂になったと聞き、眉根を寄せたのはつい先日だ。
「アスタロト、見ろ! すごいのを拾ったぞ」
またですか? 窓から飛び込んだルシファー様は、何かの卵を抱えている。どこで見つけてくるやら。また呼ばれたとでも言うのか。
「窓からの出入りは禁じておりましたが?」
私の目の前でいい度胸です。言葉にしなかったベールの怒りが、じわじわと押し寄せる。顔を引き攣らせ、ルシファー様は言い訳を始めた。
「いや、これは緊急事態だし……ほら、この卵すごいだろ?」
何がすごいのか、まったく伝わらない。魔力量は多いようで、サイズもひと抱えあった。色が時折り変化するのも、珍しい特徴だ。だが、すごいか問われると……首を傾げてしまう。
「卵はともかく、窓から出入りする気なら、反省はしていただきます」
おやおや、本気で怒らせましたね。わかっているのに反論して墓穴を掘るのは、この人の癖……習性でしょう。大人しく謝れば、説教も一過性なのに。
反省して、と表現すれば半日程度。反省はして、と言い出したら数日規模だ。過去の実例から推測し、お気の毒にと口を動かした。だが頬が緩んで、笑顔になるのは止まらなかった。
「くっ、じゃあ卵をアスタロトに預ける」
「嫌です」
「命令だ!」
横暴な魔王の命令で、卵を押し付けられた。これも何十回と経験しているため、いい加減慣れた。鳥の卵からリザードマン、虹蛇、魔獣の子。数えきれない命を拾っては、困って頼ってくる。この人にとって、すでに日常なのだ。
無視して放り投げることも可能ですが……まあいいでしょう。恩を着せて、何かのタイミングで返してもらう。その繰り返しが悪くないと思い始めたところですよ。
「きちんと恩は返していただきます」
「……いつも返してるだろ」
むすっとした口調で告げたところで、ベールに拘束されて椅子に座らされた。これ以上の抵抗を試みれば、実力行使される。その際の被害を熟知する魔王は、大人しく従った。
言い換えれば、それだけ抵抗して失敗したのですが。肩を竦め、私はさっさと退室する。今日は仕事もできませんし、何か変わりがないか城を確認しよう。同族の様子も……。
ふらっと姿を消し、城の前に現れる。漆黒城だの、暗黒城だの。心当たりはないのに、暗い名称を付けられた城を見上げた。黒曜石で作ったのがまずいのか。考えながら城に入る。いつもと何ら変わらぬ風景、空気、城内、なのに違っていた。
「……荒らされましたか」
張った結界が緩んでいる。同族以外の侵入があったことに舌打ちし、足早に地下室へ向かった。その途中、滞留していた霧のような冷たい何かを吸い込み、咳き込む。この身を傷つけるなら、相当に強い存在だ。
預けられた卵を床に下ろして、同族を呼ぶ。甲高く、耳のいい魔獣であっても聞き取れない高さで、呼び出しをかけた。現れた吸血種は、コウモリ姿だ。そのまま卵を預かり、逃げるように離れた。
これでルシファー様に文句を言われずに済みます。侵入者を排除しましょうか。久々に本気で戦えそうな獲物の気配に、自然と笑みが浮かんだ。




