30.器の違いを思い知る
大陸の大半を覆う森を「魔の森」と呼称する理由は、その独特な生態系と性質にある。
森は魔族を生み出す。魔力が凝って誕生し、命を落とせば拡散した魔力は吸収された。何度か魔力をこちらで回収できないか試したが、森に還元される仕組みは変わらない。いつの間にか「母なる魔の森」と呼ばれるようになった。
森の木は風がなくても揺れ、時に魔物や動物を襲う。それだけでなく、森の木々が伐採されると周囲から強制的に魔力を吸った。魔王ルシファーや三大公のような実力者でなければ、森の特性は命取りになる。
火の魔法を暴走させ、森の一部を焼き払ったドラゴンは、その命と魔力で贖った。森の蔦が絡みつき、ドラゴンから魔力を吸った事件である。あの当時は大騒ぎになったものの、すぐに騒動は落ち着いた。森に危害を加えなければ、奪われない。
森を傷つけた者が命を奪われるのは、弱肉強食のルールに則している。そのため、誰もが「そういうもの」として受け入れた。
「それで、どうして森を焼き払う騒動になったのか。対価に雨を降らせた部分も含め、説明してください」
話を聞きに行くと言って出掛けたルシファー様は、森の一部を焼いた。傷つけられた森が回復のために魔力を求め、対価として雨を降らせてその魔力を与えたという。自分で傷つけて、補った形である。
民に被害が出なかったのは幸いだが、意味不明の行いに説明を求めるのは側近として当然だろう。私の追求に、ルシファー様はけろりと言い切った。
「精霊のため、だな」
彼の髪や肩には、複数の精霊が張り付いていた。庇おうとするようにも見えるし、邪魔しているとも取れる。その一つを手に乗せて、ルシファー様はにこりと笑った。
「実は……」
その後の説明に、なるほどと納得する。精霊は足元の花に宿っていた。ところが森の木々が日差しを遮り、成長を阻害する。一部だけでいいから森を切り開き、陽の光を届けてほしい。なんとも切実な願いだった。
断られるのを承知で、何度も嘆願書を出した。受け取ったベルゼビュートが、部下に提出させたのが申請書だ。
「それで、ベルゼビュートは何をしているのですか」
「さあ? 別にいなくていいだろ」
けろりと言い放つルシファー様に悪気はない。だが、心酔している王に「無用、いなくていい」と言い切られたと知れば、大騒ぎするはずだ。悲嘆に暮れるだろう姿が想像できて、口角が持ち上がった。
後で教えてあげましょう。意地悪なようだが、きちんと情報共有しなかった彼女が悪い。事前に説明し、我々に相談すべき案件だった。種族が滅びるかどうか、瀬戸際にいる精霊を放置したのは問題だ。申請を出させたなら、その結末まで責任を持つべきだろう。
「彼女には私から話しておきます」
「ああ、頼む……それで、だ。ちょっとばかり焼き過ぎてな。あの辺りまで焦げた」
自らの魔力を差し出し、精霊を守った王は、遠くを指し示す。見渡す限りを焼き払ったも同然の告白に、私もさすがに言葉を失う。
焼き払うだけでなく、この広さを一瞬で回復させる魔力も使ったのか。それでいて減った感じは見受けられない。底が見えない王の膨大な魔力に、ぞっとした。
「あの辺に沼を見つけて……先日議題に上がった、リザードマンの新居にどうかと思ってな」
引っ越し先を探すリザードマンの話を持ち出す。焼き払った時に、沼を発見したのだろう。この森は毎日のように景色が変わり、新しく拡張され続けていた。沼が突然生まれても、おかしくない。
「彼らに見せて問題なければ、決まりですね」
「よしっ! これで一つ片付いた」
嬉しそうに拳を握るルシファー様の姿に、これは敵わないと苦笑した。




