29.数千年経つも変化なし
数千年もひと昔、あっという間に時間が流れていく。長寿な我々には、寿命という概念がないのでは? と思い始めた。老化がないだけでなく、じわじわと魔力が増え続る。
いまの魔力量は、生まれ落ちた直後の倍近い。あの頃にこれほどの魔力があれば、確実に自滅していましたね。冷静に判断できる今なら、この膨大な魔力も制御可能だった。深読みすれば、魔力が後から増えるのは我々のためではないか。
制御できない身に余る能力を与え、自滅したり破滅したりすることのないように。母なる森が制御してきたのかもしれない。
執務室から見える森は、いつも豊かな恵みをもたらす。多くの種族を生み出し、魔族の生活を支え、死ねば魔力を回収して循環させた。母であり、揺籠であり、死である。これほど完璧に回る世界があるだろうか。
二千年前に建築した白い城の執務室で、手元の書類を捲った。銀龍石と呼ばれる、白い岩が発見され、魔王城の建築に用いられた。強さの象徴である白と、ルシファー様の外見を重ねて選んだのだが……予想外の幸運が重なった。森がルシファー様のために用意したのでは? と錯覚するほどに都合がいい。
発見した当初は誰も気づかなかったが、自己修復能力が備わっていた。そのため、魔力暴走による破壊があっても、城が自動で修復を始める。その機能を増長するため、我々が魔力を補うこともよくあった。いずれは自動で魔法が作動するよう、何らかの手段を見つけたい。
「アスタロト、この申請書類、おかしくないか?」
珍しく真剣に書類に取り組む主君は、かなり成長した。少年姿の幼さを払拭した外見は、洗練された美を纏う。長い髪は腰より長く、黒を好んで身につけた。本人は「バランスだ」と意味不明な発言をしていたが。
手に持つ書類を受け取り、さっと目を通す。見覚えがあった。ここ数ヶ月、何度も申請しては却下されている。森の木々を伐採する許可を求める申請書だった。
「これは二ヶ月前にも却下しましたね」
「理由を聞いてみようと思う。切実な理由があるなら、ただ却下してもまた申請が上がるだろ」
「そうですね」
相槌を打ちながら、ルシファー様の判断に驚いた。この人はいつもそうだ。私やベールが切り捨てる部分を、両手で掬おうとする。拾い上げ、動くよう手を掛けた。
長い治世で、魔王への挑戦者は数え切れないほど現れる。なのに、憎まれることがなかった。退けても、厳しい采配を下しても、民は魔王を支持する。人徳であり、同時にこの人の優しさを民も感じているのだろう。
「ちょっと行ってくるな」
「気をつけて。何かあればお呼びください」
「問題ないさ」
魔族最強の王は、にやっと笑って姿を消した。ちょうど同じタイミングで執務室に踏み込んだベールが、額を押さえて唸る。
「魔法を固定する方法を、真剣に開発しなければいけません」
魔王の執務室を、自由に転移で出入りされる。防犯や機密保持の観点から危険だ。ベールの本音は別の場所にある。好き勝手に外へ逃げ出す魔王を、どうにか縛り付けたい。その意見には賛同します。
肩をすくめて賛否をかわす。実際、魔法を継続させ自動で作動させる仕組みは、ベルゼビュートも一緒になって開発中だった。理論を組み立てた私とベールも含め、誰も成功していない。直感で突き進むルシファー様とベルゼビュートも苦戦していた。
「それで、何をしに出かけたのですか?」
逃げ出すルシファー様を捕まえなかったので、理由があると判断されたらしい。ベールの察しの良さや冷静さは、仕事をする上で居心地がよかった。
「ここ数年、何度も同じ申請が上がり、その度に却下されていまして。その理由を確認しに行きました」
「……魔の森の伐採、でしたか」
さすがにピンときたようだ。頷けば、彼はやれやれと首を横に振った。




