28.興味深い同僚達
植物に明るい種族……最初に浮かんだのは、ベルゼビュートだった。精霊女王として君臨する彼女は、植物によく話しかけている。言葉ではないが、感情のようなものが返ってくるらしい。ほぼ勘で生きている野生的な大公を思い浮かべ、ついでにベールにも見てもらおうと考えた。
「なぜ嫌なのですか」
「絶対に叱られるじゃん」
「叱られるようなことをしている自覚は、あるようですね」
にこりと笑ってベールの名を呼ぶ。魔力を乗せた声は、距離を無視して届いた。すぐに転移した彼は、青い瞳を瞬く。
「陛下、仕事の処理が遅れているようです」
「……これからやる。その前に、これを見てくれ」
森の木を指差す。が、なぜか今は動いていない。木を上から下まで眺めたあと、ベールは溜め息を吐いた。視線を向けられ、どういうことか問われる。
「森の木が歩いたのですよ」
「頭は大丈夫ですか?」
心配されてしまった。おかしくて大笑いしたいのを我慢しながら、事情を丁寧に説明する。もちろんサボって逃げたルシファー様の件も、すべて話した。慌てて妨害しようとするルシファー様をかわしながら、後ろへ下がったところで……森の木が動いた。
ざわざわと葉を揺らし、枝を伸ばしてルシファー様を庇う仕草をする。驚いて固まるベールの前で、根を抜いて歩き出した。
「え、お? 何か用があるのか?」
絡まった枝が抜けないと呟くルシファー様が、木と一緒に遠ざかる。転移すればいいものを、遊んでいるんですかね。体よくサボろうとしているに違いない。枝を切ってしまえば……と剣を呼び出した。魔力を凝らせて虹色の刃を作れば、慌てたルシファー様から制止される。
「おい、やめろ。まだ意思疎通できていない種族に、いきなり攻撃するな!」
もっともな意見ですが、現時点で「魔王陛下誘拐未遂」ですよ。罪人だから切られても仕方ないのでは? 指摘されたルシファー様は、空に向かって名を叫んだ。
「ベルゼビュート、大至急だ。来てくれ!」
「なんですの? あらぁ……可愛い」
後半の可愛いは、ルシファー様に対してか。それとも歩く森の木に向けてか。彼女はにこにこと木の前に歩み寄り、幹にぺたりと手を押し付けた。軽く目を閉じて、耳を澄ます仕草をする。
「胡散臭いですね」
「まったくです」
ようやく立ち直ったベールが同意する。あれに我らと同列の大公を名乗らせるなど……以前に彼が溢した愚痴が浮かんだ。精霊や妖精のような不安定な存在を統べる彼女を、ベールは格下と考えていた。魔力量は多いが、何をするにも手を抜く。悪気なく失敗する。
魔力量だけで大公になったと考えるベールは、容赦なく「無能が」と切り捨てる言葉を吐いた。半分は同意したくなるが、彼女の持つ才能も否定できない。薬草を含めた草木に関する知識量、本能的に動くが致命的なミスはしない。
ある意味、ルシファー様に通じる部分があった。森に近い存在ほど、本能や勘が優れているのか。考える私の視線の先で、彼女は歌を口遊んだ。小さな声だが透き通っており、高く低く不思議な旋律を奏でる。応えるように、木々が揺れた。
ルシファー様を拘束した枝が緩み、解放する。きょとんとした顔の少年は、ぽんと枝を叩いた。
「次はもっと優しく頼む」
そういう問題ではないでしょう。明らかに食い込んだ跡が残る腕や首を撫で、からりと明るく笑った魔王は私を振り返った。
「アスタロト、ベルゼビュートと意思疎通が出来たから、魔族登録してくれ。それと……ベール。あまり悪い言葉を吐くなら、昔話をするぞ」
バツの悪そうな顔で、ベールは「申し訳ありません」と返した。これは面白そうなネタですね。昔話が何百年前か知りませんが、ルシファー様が弱みを握っているとは。
「お前には絶対に教えないからな」
ルシファー様がぷいと横を向いた。おや、そんなに物欲しそうな目をしていましたか? 悟らせるとは、私もまだ未熟ですね。




