27.新しい種族がまた一つ
魔の森の中に紛れると、あの魔王ルシファーの魔力でさえ霞む。隠すように魔力を分散させたり、一箇所に凝らせて囮にしたり。まるで彼を匿うようだ。森に意思があるのは承知だが、ルシファー様はよほど愛されているらしい。
「見つけましたよ」
「……早かったなぁ」
「慣れてきましたので」
微笑んで一礼する。以前より発見までの速度が早くなった。慣れもあるが、魔力量が増大しているようだ。それはルシファー様や他の大公二人も同じだった。
ドラゴンや神龍も、持って生まれた魔力が増えた事例がある。理屈や原理は不明だが、魔力量は増えることはあっても減ることはない。減る事例は報告されなかった。死ぬまで増大し続けるのか、それともある程度で止まるのか。
たかだか一千年の人生で、判断はできなかった。ルシファー様の魔力も増えており、今後はさらに見つけやすくなるだろう。木の蔓を利用し、布を張って寝転がる。魔力も使って空中にいるため、負荷も掛からないようだ。
遊びにしては手の込んだ逃げ場をぐるりと見回し、ルシファー様を促した。まだ書類の処理が残っている。
「なんかさ、この辺で起きる気がするんだよ」
「あなたの勘は当たりますが、今は書類がゆうせ……っ!」
言葉を言い終える前に、魔力が膨れ上がった。ルシファー様ではなく、魔の森だ。葉を揺らす木々が、風もないのに大きく幹を傾ける。
魔の森が、生み出した魔族を傷つけることはない。ただ木々を伐採したり森を焼いたりすれば、対価として魔力を奪う。相応の魔力を得れば、それ以上吸い上げることはしなかった。悪戯をした我が子を叱る母親のようだ、と表現したのは誰だったか。
「あっ、歩いてる」
ルシファー様がぽつりと呟き、指さす先で……森の木が歩いていた。簡単そうに根を地面から引き抜き、ゆらゆらと不思議な動きで移動する。根を前に出し、バランスをとりながら、次の根を伸ばして突き刺した。
抜き足差し足、歩く姿に似ている。ルシファー様の発言に「なるほど」と同意が漏れた。
「あれも、魔族か?」
「新種でしょうか」
どう見ても森の木なのだが、歩く時点で魔族か魔物だろう。魔力があるのは感じるし、複数の木が歩いていく。意思の疎通ができれば魔族だが……突然、木々が立ち止まった。互いに枝を絡ませ、ざざざっと揺らす。まるで話をしているみたいだ。
人のように感じる仕草を見せた後、木々はこちらを向いた。そんな気がするだけで、実際は違うのかもしれない。先に動いたのは、ルシファー様だった。
「オレの話す内容がわかるか? 誰か答えてくれ」
端的な要求に、ざわざわと木が揺れた。一本が前に進み出る。これは明らかに異常だった。慣れたと思っていた私でも固まる。今までにない魔族の形なのは確かだが。
そもそも、森の木は生命体なのか。生えて成長し枯れる姿は、人の一生に似ている。しかし生まれた場所から一歩も動かない様子は、動物ではなかった。魔力を帯びているのも、大地から吸い上げた結果と考えてきたのだ。大地の底に流れる魔力の帯が、木々を変化させたのなら。
「新しい分類を考えないといけません」
固定観念など役に立たない。決めつけても、この世界は私達の考えを超えてくるのだから。それなら柔軟に受け入れ、ともに発展する道を選ぶのが執政者の務めでしょう。
葉を揺らして何か訴える木に向き合うルシファー様は、眉尻を下げて振り返った。
「すまん、何もわからない。通訳してくれ」
「私にできるはずがないでしょう」
無茶振りをしないでください。そう返すと、ルシファー様は肩を落とした。ひとまず木に話をするつもりがあるなら、誰か会話のできる人を見つけるしかありませんね。




