26.引っ越しは怖くありませんよ?
大きな騒動もなく即位記念祭は終わった。片付けが一段落する頃、城の建て直しが現実味を帯びる。手狭なのに加え、新しい種族が増えたことで保護対象も多い。何より、私やベールの城が見栄えることも影響した。
「別にいいじゃないか」
「民から、王の城が見窄らしい……質素すぎると意見が出ています」
「見窄らしいと言うな。先先代のドラゴンが材木を運んでくれたのに」
むすっとした口調で文句を言う少年王に、淡々と謝罪した。と同時に、もう一度意見を押し込む。なんとしても建て直しに賛同してもらわなければ、さすがに実務に支障を来たすのだ。
「引っ越しは、怖くありませんよ?」
やれやれと呆れ口調で諭せば、ルシファー様は反応した。
「別に怖くて反対しているわけじゃない。ただ、必要ないと……」
「必要だから申し上げております。ベールも同じ意見ですし、反対する理由がわかりませんね」
逃げ場を奪うように詰めていく。最後に降参するくせに、どうして抵抗するのか。無駄なやり取りだと思う反面、こういった口論を楽しんでいる自分がいた。
「それと、この工事で民の生活が潤います」
仕事が増えるのは、石材を運ぶ竜や神龍。彫刻や建設を担当する小人族、庭の整備を買って出た妖精族……魔狼もやる気で、他の魔獣達も協力したいと申し出があった。他にもさまざまな種族が参加する。
自由気ままに振る舞うくせに、誰より王らしい素質を持つ少年は唸った。民のプラスになるなら、己の感情を飲み込むべきだ。そんな葛藤が透けて見える。しばらく待てば、ルシファー様は折れた。
「わかった、引っ越そう」
「しばらくは我が居城へ。その間に建て直します」
「世話になる」
にっこりと笑顔で頼まれると、嫌な予感がした。素直に応じれば応じたで、気味が悪い。こういった予感は外れないため、余計に気になった。それでも誘ったのに断ることはない。
細長い尖塔もある黒い城で、ルシファー様は一つの部屋を選んだ。日当たりのいい部屋をいくつか提案したが、日の差し込まぬ部屋がいいと言う。吸血種でもあるまいに、妙な人だ。まあ、好きにすればいいでしょう。
執務室の書類も移し、文官として働く者達も移動してきた。城の外に臨時の宿舎を作り、そちらへ入ってもらう。あれこれと手配を済ませ、引っ越しも終了した。
「では、お願いします」
解体工事は簡単だ。木造建築のため、火の鳥に燃やしてもらう。ルシファー様や大公である我々でも簡単に行えるが、どの種族にも公平に仕事を与える必要があった。「我が一族だけ何もできなかった」と後から訴えられても困る。
焼けて炭どころか、完全に建物は消えた。柱に使った金属も溶けて、地面で溜まっている。煙を上げて燻る大地は、すぐに新しい草が芽生えた。魔の森の中でも、この場所は魔力が強い。大地の下に走る帯状の魔力が交わる地点だった。
魔王が住むに相応しいと選んだ場所だ。魔の森の魔力が満ちた大地は、すぐさま柔らかな草が生い茂った。それでいて、樹木は勝手に生えてこない。あの人の城を建てる予定地と知っているかのように。
ルシファー様の言葉通り、魔の森には意思がある。さまざまな恩恵と同時に、樹木を伐採すれば魔力を吸い上げる非情さもあった。森に関して調べ、書物にして残す必要がありますね。
更地になった大地へ束石となる岩が運ばれてくる。小人族が加工する岩が、一つずつ並べられた。工事は順調で、十年もすれば立派な城が建つだろう。
「アスタロト大公閣下、大変です。魔王陛下のお姿が……」
コウモリが舞い降りて、青ざめた顔色の男に変化する。同族が口にした「大変」の中身に、またかと苦笑いした。大方、書類処理に飽きたのでしょうね。
「わかりました。私が対処します」
見つけて叱らなければ、そう思うことが不思議と楽しく感じられた。




