25.貴族を制度として導入します
日々、拡大する魔の森は把握が難しかった。各地に住居を構える魔族に通達を出す。褒美と引き換えに、城へ情報を持ち寄るように、と。
即位記念祭で、各種族の代表が顔を揃えていたのも助かった。仕事を与えるにあたり、貴族として優遇すると伝える。纏め役として、一時的に役立てばいいと考えての采配だが、思ったより効力があった。
貴族の肩書きを名誉と認識する者が多く、同族以外へも鷹揚に振る舞うようになる。貴族だから義務として助ける、貴族なので細かな失敗に目くじらを立てない。など、予想外の方向へ効果を発揮した。そのため貴族制度の導入を真剣に検討する。
「公爵、侯爵、伯爵、男爵……」
「男爵の上に子爵を入れましょう」
「五つもあるの? でも男爵って一人じゃないんでしょ?」
ベールと検討する横で、ベルゼビュートが「覚えられるかしら」とぼやく。何を見ても聞いても忘れない私にしたら、なぜ覚える必要があるのか疑問だった。何もしなくても、記憶に刻まれるはずだが?
ベールはそういった能力はないものの、物覚えは良かった。書類なども、内容をきちんと把握している。あのピンクの頭の中は、空っぽなのかもしれない。疑うくらいには、ベルゼビュートの物覚えは悪かった。なぜか数字関連は、ずば抜けて計算が早く忘れにくい。
「あなたが覚えないなら、ルシファー様の側近から降りていただくことになりますが……」
「覚える! できるはずよ」
厳しい条件を提示すれば、やる気が出たらしい。見守っていたベールは「操り方の参考になります」と口元を緩めた。感情が希薄なベールだが、表現が苦手なだけだ。本当の意味で感情が薄いのは、私の方だろう。
表面を取り繕い、同族や他の個体の反応を見て対応している。大量に蓄積された過去のデータを分析し、こういった場面ではどう振る舞うか。決められた通りになぞるだけだった。今のところ、気づいているのはルシファー様だけのようだ。
「アスタロト、疲れているなら明日にしましょうか」
「いえ、問題ありません」
考え事に没頭し、うっかり聞き漏らしたらしい。頭の中で検索するように探れば、耳に入った音を見つけた。
「貴族を世襲制にするかどうか、でしたね」
「ある程度は認めてもいいですが、長く続けば弊害の方が大きいでしょう」
聞いていたように振る舞う私に、ベールは淡々と返事を寄越した。その視線はじっと私を捉えたままだ。逸らす理由もないので見つめ返すと、意味ありげに口角が持ち上がった。まるで「知っているぞ」と知らせるように。
「ねえ! もう帰っていい? 今日はお酒を飲む約束をしたのよ」
「おや、賭け事でしょうに」
バレていますよ、と笑顔で指摘する。しどろもどろに言い訳するベルゼビュートは、このまま留めても役に立たないだろう。帰っていいと許可を出し、彼女を意識の外へ追い出した。
「ベール、こちらの案を掘り下げましょう」
「……問題が起きた場合に、把握しやすい方が助かります」
魔族はまだまだ種族が増える。森が広がるにつれ、種類と数が増えた。魔の森に住む者は誰もが、教えられずとも知っている。魔の森こそ、魔族の母なのだ。発展途上にある世界を、魔の森が生み育んだ。
魔王とは、最強の魔族の称号であり、同時に魔の森に愛された愛し子なのかもしれません。ざわりと森の木々が揺れ、そうだと肯定する。
「伝達は森が助けるでしょうし、増える魔族に住む場所を割り当てなければ……その際、民の意見を吸い上げる貴族が役立つはず」
「先まで見通しての采配とあれば、反対する理由はありません」
ベールとの間で結論が出た。あとはルシファー様の裁可を得るのみ……。民の間をふらふらと移動する強大な魔力を感じ取り、二人同時に溜め息を吐いた。




