24.敵わないと思い知らされた
言い訳も追いつかない、天地ほどの実力差だった。私の首を落とした剣を収納へ放り込み、両手で頬を包む。
「ベール、用意できたか?」
「はい、こちらに」
ぴちゃんと水音がする。芳醇な香りが漂う桶が運ばれ、ルシファー様は私の頭を放り込んだ。金髪が赤く濡れ、飲んでしまった甘い血に喉が鳴る。
「これも一緒に、と」
手が触れ、足がはみ出した状態の体も放り込まれた。折りたたむように、ルシファー様が私を押し込む。なんともシュールな光景だった。
血を満たした桶へ吸血鬼王の頭を入れ、後から体も詰め込むなど。もし私が復活可能な吸血種でなければ、惨殺現場でしょうに。やれやれと呆れる私を上から覗き、ルシファー様は楽しそうに話しかける。
「やっと戻ったな。さっきまで黒くて重い感じだったが、今はいつものアスタロトだ」
「お世話をおかけしました」
謝る気はないが、お礼くらいは伝えるべきだ。そう思っての発言だが、ルシファー様は大きく目を見開き飛び退った。
「うわっ、生首が話すのって気持ち悪いな」
前言撤回だ。この人にお礼も謝罪も不要でした。元に戻ったら、ただでは置きませんよ。黒い霧になりかけたのは、暴走したためでしょう。忙しさや血の不足で揺らいだ理性を、本能が上回った。
傷つけられると暴走する癖を利用し、私を絡め取ろうなどと。事前にベールに血を用意させたことも、手回しが良すぎます。その能力をどうして執務に活かしてくれないのか。
文句がぶくぶくと血の泡を作り、それがおかしくて力が抜けた。アホらしい。真剣に生きるより、ある程度力を抜いて自由にした方が楽だ。
桶の丸い形に切り抜かれた空を見上げ、ねっとりと甘い血を味わった。こんな時間は久しぶりですね。
「ゆっくり休んでくれ、アスタロト。その間にオレは酒を楽しんでくる」
いけませんよ! 実年齢はともかく、その少年姿ではダメだと言ったでしょう。叫ぶ前に蓋を閉められ、慌てて再生にかかる。しかし組み立てが面倒になり、魔力で体を霧状態にした。そこから新しく作り直す。
上の蓋をのけて、ふわりと舞い上がれば……なぜか拍手で迎えられた。
「これは?」
「余興の一つだな。体を張った奇術と思っているはずだ」
これなら暴走の事実は隠せるだろう。身内にも知られない方がいいはず。そう囁いて笑う主君に、これは敵わないと感じた。
敵であれ味方であれ、これほど器の大きな人を知らない。暴走の気配を察知し、処分するなら私にもできる。だが、暴走を止めようと体を張って戦い、無理だと判断した途端に切り替えた。綺麗に事を収めた後で、さらにこちらの体面を気遣う。
勝てない。そう感じることが、悔しくなかった。レベルが違いすぎると、嫉妬すら起きないようです。くすっと笑い、同族に手を振って応えた。
「お気遣いに感謝しますが……さきほど、私の手足を折った件については」
「おっと、あっちで呼ばれているようだ」
逃げ出したルシファー様を見送り、呆れ顔のベールにも会釈する。彼は意味ありげに首を撫でて笑った。唇が弧を描くベールは、青い目を細める。
「ちょっと、さっきのすごいじゃない! あたくしも出来るかしら」
ベルゼビュートは、本当に余興だと思ったらしい。どんな魔法を使ったのか知りたい、と興奮気味だった。
「本当に首を落とせばいいのですよ」
「秘密にする気ね? ずるいわ」
きちんと事実を教えたのに、彼女は信じなかった。その様子がおかしくて、大笑いする。声を上げて笑ったのは、どのくらい振りか。
悪くない。あの人を支えて過ごす時間は、きっと欠伸をする間もないくらい……騒がしくて賑やかでしょうね。




