22.魔王への挑戦は誉れ
見守る魔族からは、挑戦者への叱咤激励が飛ぶ。ルシファー様は齧っていた骨付き肉を、そっと皿の上に置いた。
「取るなよ? まだ食べるんだからな」
味が気に入ったのか。食べかけの肉を片付けないよう、周囲に言い聞かせた。そんなに心配なら、一時的に収納へ仕舞えばいいものを。失念しているのだろう。
槍を構える青年に向き直る。背中に小さな羽があり、それなりの魔力量も確認した。挑戦する勢いと無謀さは認めますが、まず勝てるはずがない。だが本人もそれは承知のようで。
「一手、指南をお願いします!」
「よし、来い!」
応じるルシファー様も、釣られて声を張る。深く身を沈める不思議な構えから、若者は一気に跳躍した。
彼は最近出てきた、獣人族だ。獣の身体能力を持ち、思考能力や言語もしっかりしている。魔力量は多いが魔法は苦手だった。この点は魔獣とよく似ている。二本足で歩行し、我々とよく似た外見を持つ。手先の器用さと魔獣の俊敏さを兼ね備えた、新しい種族だった。
獣の跳躍で一気に距離を詰める。背中の羽は魔力が溢れたものか。手にした槍を突くためではなく、横に振るう。叩きのめすのか、斬るためか。それをルシファー様は剣で受けた。縦にした剣の刃が、激しい音を立てる。
結界で弾くことも可能だが、それはしなかった。正面から戦いを挑む者に対し、ルシファー様は相手の得意な分野で応じる。魔法を使うなら、同じく魔法で。武術や体術を得意とするなら、魔法を使わずに。
「……っ、見事ですね」
同じように剣を得意とするため、斜めに滑らせて力を逃すルシファー様に唸る。少し離れた場所に立つベルゼビュートは、手に剣を握っていた。邪魔はしない、以前に飛び込んで怒られたからだ。
ルシファー様に畏敬の念を抱くベルゼビュートは、いざとなれば我が身を盾にするだろう。今回も危険だと判断したら、怒られるのを承知で相手を切り伏せる。その忠誠心は、私やベールにないものだった。
油断して斬られるなら、それまでの存在だ。私の冷めた考えをよそに、ベルゼビュートは真剣に二人の動きを追っていた。
「おっと、いい腕だ」
式典用のずるずるした動きづらい長衣で、ルシファー様はひらりと躱した。自分からは攻撃を仕掛けず、ただ防いで弾くのみ。スタミナはある獣人を疲れさせるなら、時間がかかりそうですね。そう判断した直後、ルシファー様は動いた。
「ここ、それからこっちも。仕掛ける前に動くから、相手に手の内がバレる。それから、跳ぶのは最初だけにしておけ。体力の消耗が激しいし、二度目は用心される。相手が飛べる種族ならやられるぞ」
戦いの癖や欠点を指摘し、最後に剣の柄を利用して槍を奪った。弾かれた槍は空を舞い、ルシファー様のすぐ隣に突き刺さる。にやりと笑った純白の子供は、憎たらしいほど美しかった。
ごくりと喉を鳴らした私を一瞥し、ルシファー様は若者の肩を叩く。座り込んだ獣人は、激しく肩を上下させながら笑った。楽しかったと口にした魔王に、周囲から拍手が送られる。その拍手を譲るように、若者を引き立てて挨拶を受けた。
あの振る舞いは魔王らしくて立派です。普段からあのように振る舞ってくれたらいいのですが……。魔王への挑戦は、一族で最強の証であり誉れらしい。先日聞き齧った話を思い出した。
「せっかくだ、お前も手合わせするか? ベルゼビュート」
「はい! 是非に」
興奮した様子で応じるベルゼビュートは、手にした剣を構えた。正面ではなく、手を広げるように外へ剣先を向ける。無防備な状態に見えるが、彼女の剣技はここから変化する。何度も戦ったが、癖が掴めず苦戦した。
「我が君、いざっ!」
飛び込むベルゼビュートは、残像だけを残して視界から消えた。




