20.人には誰しも欠点がある
「私も見たかったわ」
一人だけ見そびれた、と不満を漏らすベルゼビュートは溜め息をついた。魔の森がどこまで広がっているか。確認するために大陸を調べている。今まで確認されなかった土地も描かれ、地図は一回り大きくなった。
功績を褒められても、ベルゼビュートは不貞腐れたままだ。
「再現してあげましょうか?」
にやりと笑い、ベルゼビュートへ持ちかける。親切な私の提案を、彼女は全力で拒否した。ルシファー様も同じですが、失礼な態度でしょう。
「最終的に、種族は何でしょうか」
「うーん、そうね。精霊に近い能力を持っているけれど、明らかに違うわ。妖精とかどう? 近いけど違う感じが出てると思うの」
対話の中で答えを導き出す。彼女らしい手法だ。基本的に名付けのセンスはあるようですね。ルシファー様など、ひどいものですが……。鳥の卵にヒナと名付けようとするくらいですから。過去のやり取りを思い出すと、がくりと力が抜ける。
「ベールには話を通しておきます。精霊に近いなら、あなたの管轄ですね」
「え? あ、そうかも」
こういう阿呆な答えが返ってくるのは、いかにも彼女らしい。直感は鋭いし、さまざまな面で実力も確かだった。魔法も剣術も、それ以外の特殊な能力も。認める反面、この単純で騙されやすい一面が気になる。誰でも一つは欠点が必要、ということでしょうか。
それなら、文字が汚い時点で欠点は二つ。計算が得意なので一つは帳消しか。現実逃避するように考えを巡らせ、緑の髪色の子供達をベルゼビュートに押し付けた。嫌がることもなく、精霊が住む森の奥へ連れて行く。
見送って振り返れば、ひどい有様の中庭が見えた。執務室の窓から見える景色とは思えない、散々な状態だ。針を引き抜こうと頑張る小人族を、魔狼も手伝っていた。人海戦術より、魔法の使える私が手を貸した方が早い。
机の上に残る書類の山は、この騒動で倍に増えた。破損した資材調達に関する申請書、城や庭の損害報告書、新しい城の材料となる石材の候補など。さまざまな書類が重なっていた。ケガ人の報告書がないのが、逆に不思議なほどだ。
「あの人の仕業でしょうね」
お陰と表現するのが癪で、つい「仕業」と言い換えた。結界で弾き、勢いを殺し、地面へ突き立てた策は見事だ。できるなら、大切な祭の資材も結界で覆ってほしかった。
「片付けを先行させます」
「お願いします。この書類は……私も手伝いましょう」
ベールとの間で話をつけ、廊下へ出る。右手の壁から、木漏れ日のように光が差し込んでいた。言うまでもなく、刺さった針を引き抜いた穴だ。さっと手をかざして塞ぎ、すぐに苦笑いが浮かんだ。
この平屋の木造建築は解体予定であり、修繕する必要はない。わかっているのに、つい手を加えてしまった。中庭へ降り立ち、まだ手付かずの針を抜いて庭の隅に積み上げる。魔狼や小人族が苦労する針もすべて、同じ場所に重ねた。
素材としては硬く、鋭い。削って矢にするのはどうか。他にも使い道があるかもしれない。小人族にそんな話をしたら、彼らは目を輝かせた。加工作業や細工するのが得意な小人達は、数本担いで帰っていく。
「あなた方も、ご苦労様でした」
大きめの肉を渡し、手伝いの報酬とした。魔族は互いに得意な分野で能力を活かし、足りない部分を補い合う。労働には対価をもって労い、罪を犯せば罰を与えた。
弱肉強食の掟があるため、魔王や大公の決めたルールは強制権があった。尻尾を振り、喜んで肉を持ち帰る魔狼の群れを見送る。見えなくなる頃、後ろからルシファー様が顔を出した。
「これ、意外としなやかで使えるぞ」
針を一本、振り回した。危ないですよと注意する前に、私の腕を掠める。
「悪いっ!」
「……信賞必罰の原則、ご存知ですよね?」
知らないと言いながら針を放り出して逃げる背中に、特大の風の刃を飛ばした。まあ、どうせ傷は一瞬で塞がるので、怒ってはいませんが。刃を避けずに当たるくらいの誠意を見せてほしいものです。




