02.今度は何を拾ったのやら
広大な魔の森に包まれる世界は、外見で魔力の差が明確にわかる。ある意味、残酷な世界だった。生まれ持った魔力量は、色の薄さで表現される。白に近ければ近いほど、魔力量が多い。
純白の髪、白い肌、銀の瞳を持つルシファー様がいい例だった。同じ肌の色なら、髪色が薄い方が。髪も同じなら瞳の色が薄い方が強い。その上、強者には特徴があった。背に羽や翼を持つのだ。形は様々だが、基本的に一対しか持たない。その翼が、ルシファー様は三対あった。
圧倒的で、誰も及ばない強者にも関わらず、あの人は今日も小さな騒動を招き寄せていた。散歩と称して、仕事の書類を残して逃げ出す。残された枚数をぱらぱらと確認すれば、重要書類を抜き出して処理していた。優先順位の低い書類だけ残している。
「ここまでするなら、全部処理すれば良いでしょうに」
呆れたと言葉にする私の後ろから、曲線美を誇る美女が口を挟んだ。
「あら、あたくしは理解できるわよ。面倒だけど、叱られないよう最低限こなすの」
やはりサボり癖のあるベルゼビュートは、淡いピンクの髪をかき上げた。白い肌を引き立てる、紺色のドレス姿だ。大公の一人である同僚は、手にしていた数枚の書類を机に置いた。さっと拾い上げ、目を通す。
「字が汚いので再提出です」
「計算が合ってればいいじゃないの! 何度書いても同じよ」
複雑な計算や演算は得意なのに、とんでもなく文字の汚い書類を挟んで、しばらく言い争う。
「ところで、ルシファー様を追わなくていいの?」
「ベールが向かいましたので……」
「ああ、それはまた気の毒ね」
この世界に生まれ落ちた理由は不明だが、圧倒的な強さで睨み合う三人。私、ベール、ベルゼビュートの実力は拮抗していた。他の魔族は敵にならないが、この三人の実力は近い。その上、得意分野が異なっていた。戦えば周囲を巻き込んで破壊を尽くすが、決着がつかない。
何度も繰り返すうち、突然、ルシファー様が現れた。我々を二人相手にしても引かない強さ、外見から察せられる寒気がする程の魔力量。敵わないと本能が警告するのに、何度も戦いを挑んだ。叩きのめされること十数回、敗北を受け入れたのは……誰が最初だったか。
懐かしく思い出す私の耳に、聞こえない距離からの呼び声が届く。
『やばい、怒らせた! ベールを止めてくれ。アスタロト』
「おやおや、ベールは相当怒っているようですね」
口角が持ち上がり、自然と笑みを浮かべる。うわぁと嫌そうな顔をして、ベルゼビュートが眉根を寄せた。
「アスタロトって、本当に悪人顔だわ」
「ほぉ、いい度胸です」
「ごめんんさい、すみません、もう言わない。ちょっと失礼するわ」
ぱっと転移で消える精霊女王を見送り、私も転移でルシファー様の魔力を追う。魔の森の奥? なぜあんな場所に。不思議に思いながら、ルシファー様の魔力を感じる地点に転移した。ぱっと景色が変わり、ベールの背中が見える。
「アスタロト?」
「主君に呼ばれましたので」
魔族にとって魔法は日常だ。上位者ともなれば、息をするように魔力による現状変更を行使する。そのためベールが尋ねたのは、私が追いかけてきた理由だろう。この場に現れた方法を問う間抜けなら、大公の地位に相応しくない。
「陛下、なぜアスタロトが必要なのですか?」
「お前が無茶を言うからだろ」
言い争う二人の様子に、違和感を覚える。書類の話ではなさそうだった。距離を詰め、ルシファー様の抱える毛皮に気づく。なるほど、また何かを拾ったのですね。
この幼い主君らしい。ここ数百年、何度も同じことを繰り返しては叱られた。それでも懲りずに、また何かの子供を拾ったのだ。
「今度は何の子を拾ったのです?」
「みたことない種族だぞ、ほら!」
味方を増やそうと得意げに掲げる子供は、額に大きなツノがある巨大な犬だ。いや、犬にしては足が太い。ルシファー様の胴ほどもある太い四本足、掴んだ手首まで埋もれる毛皮、獰猛な唸り声と鋭い牙……。
「狼、ですか」
「たぶん。可愛いだろう? オレが飼おうと思うんだが」
「ダメです」
ベールはとりつく島もない冷たい態度で応じた。毎度ながら、今回も私ですか……。この後の展開が想像できて、自然と表情が険しくなった。