19.服を脱ぐ、とはまた……
ベルゼビュートの予言は、見事に大当たりした。パンと名付けた食べ物を、子供が腹一杯食べた日から十日後。目の前に広がる光景に目を見開く。魔王城の庭や建物は、大量の針が突き刺さっていた。
魔王その人も針の山に埋もれ、私の前にも大量の針が立っている。子供の体から想像できない、長い針だった。突き刺さった分を考慮すれば、長さは私の身長を超える。
「服を脱ぐ……ですか、言い得て妙ですね」
複雑な気持ちで、長い息を吐き出した。隣ではベールが呆然としている。おそらく立ち直るのに数日かかるだろう。先日整備を命じて完成したばかりの門は、見事に針の山だった。魔王城も建て直す必要がありそうです。次は頑丈な……石材がいいでしょうか。
現実逃避したくなるのは、私も同じだった。修理の手間と人材の確保に、頭はフル回転している。おおよその算段がついたタイミングで、ベールが口を開いた。
「陛下は……」
「あの針山の中心ですね」
中庭にできた大きな針の山、隙間なく突き立てられた内側にいるはずだ。暴走した子供を守ろうとする。なんともあの人らしい振る舞いだった。
死が迫ったら「寿命だ」と諦めるくせに、最後まで誰かを助けようとする。手を差し伸べることを苦と思わず、当たり前に己が身を盾にした。それで死ぬような人ではないが、何度叱りつけたことか。しかし本質なのか、直る様子はなかった。
緑の子供達が苦しみ出したのは、一時間ほど前だ。蹲って針で周囲を牽制し、唸り声を上げる。突き刺されば「痛い」程度で済まない、鋭い針は剣のようだった。毛を逆立てて威嚇する魔狼のように、針が他者を拒む。
近づいたルシファー様が触れた途端、彼と彼女らは針を周囲に撒き散らした。攻撃する意図はなく、ただ反射的な行動だろう。本能と言ってもいい。変化する体の不安定さが、攻撃性となって現れた。そのすべての針を跳ね飛ばし、平然と立つルシファー様。
まだ小さな体を貫くように、新たな針が上下左右から襲った。悲鳴をあげた者もいるが、通りがかったベールは頭を抱えた。あの程度の攻撃で死ぬ人なら、魔王の座に就いていない。この後の騒動を考え、後始末まで想像したら……嘆きたくもなる。
即位記念祭用に設置した櫓も、取り寄せたばかりの資材も、すべて穴だらけになった。再手配を考えるだけで、頭が痛くなる。大量の針を何かに再利用できないか、そんな考えに至る頃……ようやく針山が動いた。
「うわぁ、びっくりした……これはすごい」
いきなり雨に降られた程度の感想を口にして、ルシファー様が針の外に転移する。結界を張っていたため、ケガは見当たらなかった。本当に心配のし甲斐がない人ですね。呆れ半分、安心半分で肩の力を抜いた。
自然と表情が和らぐ。
「子供達は無事ですか?」
「そこは一応、オレも心配するべきだろ」
文句を言うものの、無事だと返してきた。彼らが己の放った針で傷つくか不明だが、無傷なのは良い情報だ。それに気づいていないようですが、私の言う「子供」にはあなたも含まれるのですよ。絶対に教えたりしませんけれどね。
ルシファー様がひらりと手を振ると、四人の子供が現れた。互いに寄りかかる形になった子供は、体の針がすべてない。スラリとした肌はやや日焼けした小麦色、髪や瞳の色は緑のままだった。肌の色が変化した理由は不明だが、針同様に身を守る術か。
「シーツと……それからこの紐と」
ぶつぶつ言いながら収納から取り出した布を切り裂き、器用に子供達に巻いていく。服らしい体裁を整えて、紐で固定した。
「これでよし!」
服はどこへ消えたかと問うまでもなく、足元に布切れが舞っていた。バラバラに切り裂かれているのは、皮膚から針を飛ばしたせいだろう。
「ルシファー様、今回の騒動の責任を取っていただきたく」
「いやいや、オレは関係ないだろ。巻き込まれただけ……すまない、頑張る」
おや? 私は怒っていませんよ。証拠に笑顔で応じていますからね。小刻みに震えながら、ルシファー様は対応を約束した。




