16.あっさり自白しました
だいぶ肌寒くなった季節、即位記念祭の準備に忙殺される私は処理した書類を転送する。ようやく一段落した。お茶でも飲みますか。立ち上がったところへ、魔王城に大声が響き渡った。
「絶対に嫌だ! なんで、建て直すんだよ!!」
「ではなぜ嫌なのですか」
「っ、いろいろ……その、思い出があるし」
魔王城の再建計画を持ち込んだベールに対し、ルシファー様が無駄な抵抗をしている。どうせ負けるのに、必ず立ち向かうところは立派だった。魔力量や戦闘能力となれば、明らかに魔王の独壇場になる。しかし、政務に関することや説得はルシファー様の苦手とする分野だ。
やり込められるのだろう。聞き耳を立てながら、お茶を淹れる。薫り高いお茶は、領地内で同族の摘んだ薬草から作られる。他の種族なら毒だが、吸血種には薬のような扱いだった。吸血衝動を抑えてくれる上、舌へ走るピリッとした刺激も好ましい。
鮮血のごとき真紅のお茶を一口、ルシファー様の言葉の裏を考える。おそらく、城内に何か隠していますね。物なら収納して終わりですから、生き物でしょう。命ある存在を亜空間へ入れれば、息の根が止まる。だからしまえなくて、どこかに匿っているのだ。
「思い出、ですか?」
わざと言葉を区切ったベールは気付いたらしい。眉根が寄って、折角の美貌が台無しだった。幸いにしてルシファー様だけでなく、大公三人も顔は整っている。お互いの美貌に惑わされることなく、手加減なしで殺し合った間柄だ。少しくらい顔を歪めても気にならなかった。
「ルシファー様、裏庭の……ですか?」
「いや、そっちじゃなくて。地下室の……っ!」
鎌をかければ、すぐに引っ掛かった。こういった駆け引きは、生まれながらの適性があるのか。千年経っても上手にならない魔王だ。慌てて口を噤むも、時すでに遅し。ベールが詰め寄った。
「地下室? 何を隠したのです」
「……ああ、その……だな、あれだ。ほら……」
なんとか誤魔化そうとするも、ベールは手慣れた様子で追い詰める。
「ご返答がなければ、地下室を消します。嘘をつけば地下室を亜空間へ……」
「ごめん、拾った子がいる。大きな甲羅のある生き物で、手足がじたばたと可愛くて……魔狼に襲われて可哀想だったから、奥で匿った」
息をするレベルで、通りすがりに生き物を拾ってくる。ほとんどが新種であり、見たことがない魔族や魔物だった。どちらか不明だが、魔力を持たない動物である可能性は低いだろう。魔力を感知して拾ってくるのが定番だった。
「……見せてください」
ベールとしても、叱りつけたいのを堪えて低い声で要請した。もし新種の魔族なら、保護対象となる。相応しい環境を見つけて、生活を援助する必要があった。
「これ、ですか?」
転送した動物を、床の上に置く。執務机よりやや大きいか。手足を引っ込めた亀は、鼻先だけを覗かせた。尻尾がやたら長く、蛇にそっくりだ。その上、頭も牙があった。手足の爪も確認した限りでは鋭い。
「魔狼がひっくり返して齧ろうとしたのでな。回収したんだ。見たことない亀だし……」
ルシファー様の言い分もわかる。問題があるとすれば、新種が多すぎることだ。分類方法も確立していないのに、新しい魔族が増えていく。この亀も魔力があるため、あとは意思疎通の確認のみ。
「会話は出来ますか?」
「いや。だが、何か話してるような音を出す……これだ」
ぐるると唸るような低音が、振動を伴って響く。同族らしき反応も返った。どうやら仲間同士で意思疎通はできているようだ。これなら、魔族判定できる。
「魔族ですね。分類はルシファー様にお願いします」
何を嫌そうな顔しているんですか。書類を半分も引き受けたのですから、そのくらいは仕事しなさい!




