15.火の鳥とはよく言ったもので
丁寧に挨拶する鳥は、後ろに立派な尾羽を持っていた。ぶわっと壁のように広げて見せる。その大きさ、美しさと強い魔力は見事だった。竜族や神龍族に匹敵する種族になりそうだ。
『さきほどはありがとうございます、お陰で……仲間も無事生まれました』
理解できる言語だが、声ではない。魔力に乗せた言葉の意味が伝わるだけ。頭の中に直接響くような感じがした。おそらく、喉で音を発しているのではない。生き物としての形が違うのだろう。
「気にしないでいいぞ。噴火のタイミングと合って、よかったな」
全身が炎に包まれ、まるで火が鳥の形を取ったような種族に、平然と手を伸ばして触れる。鳥の方も当たり前のように、長く細い優美な首を伸ばした。触れられることに抵抗がなく、攻撃性も低いようだ。
友好的な関係を築ける相手ですね。
『私どもの誕生に合わせ、母なる森が噴火を促したようです』
「うわっ、順番が逆か。それは気づかなかった」
雑談として聞いていますが、内容はとんでもない。魔の森が噴火させた理由が、この鳥の誕生だとしたら。とばっちりを受けた竜族が騒ぎそうですね。
「魔王陛下、この種族は幻獣ではなさそうです」
虹蛇などを保護するベールの担当なのは間違いなさそうだが、種類が明らかに違うと言い出した。種族については後で協議するとして、ひとまず彼らは火口に戻る。そのまま住み着く予定と聞いた。
「火口なら誰も住んでいませんから、問題は起きません。どうぞ自由になさってください」
その返答に、鳥達は嬉しそうに鳴いた。飛び立てば火の粉を散らし、見送った途端に周辺温度が下がっていく。どうやら鳥自身も発熱しているようだ。
「火の鳥ってやつだな」
「……そのままですね」
ルシファー様は「いいじゃないか」と頬を膨らませる。ふと脳裏で記憶を辿り、先ほどの鳥を数えた。卵は八つ、生まれたのは七羽……。
「最後の卵は間に合いませんでしたか」
「いや? 生まれると思う」
また勘のようだ。うーんとルシファー様が眉間に皺を寄せる。せっかく整った顔をしているのだから、おやめなさい。忠告しようとしたところへ、小さな噴火が起きた。地面が揺れ、炎が噴き出す。やや小柄の鳥が舞い上がり、くるりと回って火口へ突っ込んだ。
「これで全部孵ったな」
にこにこと断言するも、あれが最後の卵と判断した理由がわからない。魔力か見た目か、どちらにしろ実力不足を痛感した。純白の長い髪をかき上げ、ルシファー様は無造作に丸めて結ぼうとする。取り出した紐で、丁寧に結ってやった。
「髪紐を持ち歩きなさい」
「ん? アスタロトがいるんだから、問題ない」
収納魔法も使えるのに、面倒くさがる主君に頬が緩んだ。何があっても、私が後ろに控えていると疑わない。この信頼を裏切りたいのか、大切に育てるのか。まだ感情は揺れていた。それでも……今は後者に傾きつつある。
「陛下、こういった情報を掴んだのなら、我々に共有してください」
「あ、うん……知ったのはついさっきで、その……悪い」
両手をぱちんと合わせて詫びる。ベールの説教を聞き流しながら、面白くなりそうな予感に口元が緩んだ。
魔の森が魔族や魔物を生み出しているのは、間違いない。今回の噴火すら操ったなら、世界を創った存在か。その意思をぼんやりとでも、ルシファー様は感じている。
種族はもちろん、民と配下は増え続けるのだろう。この世界は今後もさらに充実していく。ルシファー様は中心で魔王として、何を成すか。いっそ為さぬなら、それもまた興味深い。
「楽しくなりそうです」
にやりと笑う私に、ルシファー様が飛びついた。
「命令だ、助けろ。アスタロト」
邪魔をする気かと睨むベールに、ゆったりと一礼した。首根っこを掴んだルシファー様を差し出す。
「説教はありがたく聴くものですよ」
「裏切り者ぉ!」
引き渡されたルシファー様が叫ぶも、無視した。本当に嫌なら転移で逃げる。遊んでいるだけなら、責任も罪悪感も感じませんね。




