14.説明が下手すぎて伝わらない
「あっ、その卵出しちゃったんだ」
ふらりと現れた魔王ルシファーは、助け出した八つの卵に顔を顰める。まるで持ち出してはいけなかったように聞こえた。整い過ぎた顔の少年は、理由も語らず結果を突きつける。
「きちんと話してください。どうして持ち出してはいけないのか」
「ん? 説明してなかったか。それは新種の魔族だろう。おそらく翼のある鳥のような……火口ぐらいの高温じゃないと孵らないと思ってな。オレが放り込んだ」
「は?」
「……何を仰ったのか、理解したくありません」
この少年は頭の中が沸いているのか。間抜けな声が漏れた隣で、ベールが溜め息を吐いた。理解できないのではなく、したくない。そう告げたベールの気持ちが痛いほど伝わる。
「ですから、結果ではなく……」
「悪い。えっと……高温じゃないと生まれないんだ。だから戻していいか?」
「死んでしまいます」
「それくらいで死ぬなら、もう死んでるぞ」
ルシファー様は説明が下手だ。ある種の勘というか、閃きで生きている。ほとんどは正しい方向へ導くため、我々も問題視してこなかった。だが……我々でさえ結界がなければ溶ける高温のマグマに、鳥類らしき卵を放り込む? 勘で判断していい話ではない。
「卵の温度が……」
冷たくなっていく。心音も弱っていくようです。心配そうにベールが卵を手で包んだ。覗き込んだルシファー様が指先で卵をつつく。
「やっぱり温度が足りないな」
言うが早いか、実力行使に出た。指先が触れた卵から消えていく。転移に気づいたベールが、最後の卵を背に隠した。
「こら、死んでしまうから渡せ」
「できません」
攻防を繰り返す二人の様子に、私は額を抑えた。原因は不明だが、確かに卵の心音が弱くなった。蝙蝠の聴覚は、他の種族より格段に優れている。その私がほとんど聴き取れないのだから、いつ止まってもおかしくなかった。
「失礼しますよ」
ベールの手から卵を奪い、にやりと笑う。ルシファー様はすぐに隣へ現れ、卵を火口へ転移させた。
「アスタロト、あなたは!」
「あのままにしても死んでいました。ならば、賭けてみるのも一つでは? ルシファー様の勘は侮れませんからね」
詰め寄って首元を掴むベールに、肩をすくめて無抵抗を示した。義理堅い彼のこと、私が抵抗しなければそれ以上は何もできない。この世界に現れてから、長く争った相手だからよく知っていた。敵には強いが、害意のない相手を攻撃するのは、彼の信条に反するのだ。
「……嫌な男です」
「お互い様でしょう」
言い返して、話を終える。振り払う前に、ベールは掴んでいた手の力を緩めた。乱暴でもなく、唐突に解放される。
「……仲がいいなぁ、羨ましくなる」
的外れな感想を口にするルシファー様だが、その視線は火口に向けられていた。噴煙で遮られる視界をものともせず、何を見通しているのだろう。同じ視点に立ち、同じものを見たい。足りないのは魔力、経験、それともまったく違う何かだろうか。
「あ、生まれる」
火口が大きく爆発した。噴火と見間違うマグマの噴出、同時に炎の塊が飛び出す。火の玉が空で広がり……鳥の形をとった。噴煙が吹き飛ばされる。熱風が肌を焼き、すぐに結界で遮られた。
「アスタロトもベールも、結界は常時張るものだ」
戦闘経験も少ないガキに、こんな指摘をされるなど。腹立たしいような、悔しさの混じる複雑な感情が湧き起こった。言われた内容は、正論なのだが。
多少魔力を喰われるとしても、意識外の攻撃で傷つくよりマシ。今回のような自然現象による熱風なら、危害を加える意図がないため察知しづらい。言いたいことを呑み込み、全身を覆う結界を張った。隣のベールも渋々、結界を張るのがわかる。
「新種の魔族だ。歓迎しなくちゃな」
「魔力はともかく、言語が通じるかは試す必要がありますよ」
わざと憎まれ口を叩くも、頭では理解していた。あれほどの存在が、魔物であるはずはない。溢れる魔力で火口の噴火すら操る。幻獣の中でも最上位の力を誇る存在だった。炎の翼を広げる鳥は、滑空して我々に近づく。その暑さに辟易しながら、ルシファー様の斜め後ろに控えた。




