13.私が彼に劣るはずはない
説教はきっちり三時間かけた。もちろん、その前に卵を母ドラゴンに返すことも忘れない。感涙する青ドラゴンの周囲で、他の竜族も丁寧に挨拶をした。礼儀正しい点は好感が持てますね。
逃げ出そうとしたルシファー様の首根っこを掴み、引きずるようにして城へ戻る。叱られてしょげるくせに、逃げ出そうとはしなかった。掴まれた服を置いて転移することも可能だ。もっとも、それをしたら怒らせると理解しているのかもしれない。
「もういいでしょう」
ほとんど聞いていないようですし。説教を切り上げたら、すぐさま飛んでいった。先ほどの親子が気になるのだろう。卵は無事だろうし、母ドラゴンも涼しい場所で休めば回復する。自分で治癒を施したのに、それでも心配になるとは。
こういった民に優しい点は、優秀な統治者なのですが。机の上に残された書類に、苦笑いが浮かんだ。説教で時間を潰した影響もあるので、半分ほどは引き受けましょうか。
目を通して暗記しながら、同時に仕分けを行う。ルシファー様の署名が必須の書類と、それ以外。流れ作業で山を切り崩し、机の天板が見えたところで、折り返すように署名を行った。内容は覚えたため、冒頭部分を読めば思い出せる。
すらすらと署名し、当初の書類の山を八割ほど崩したところで手を止めた。遅いですね。外は暗くなっている。片手間に食事を済ませたので、かなり時間がかかったと思うのですが。
「アスタロト、噴火した火口に生命反応があります」
「生命反応?」
飛び込んだベールの発言に、首を傾げた。魔力の反応ではなく? 生命反応と表現されたので、しばらく考え込んだ。
「魔力はないのですか」
「現時点では感じ取れません」
幻獣の中には魔力がほぼゼロの種族もいる。代わりに魔力に似た別の力を使うのだ。あの噴火の高温に耐えられるなら、幻獣の可能性が高い。
「では救出しては……」
「陛下の結界が邪魔で、内部の確認ができません」
なんとかしろ、お前の担当だろ。そんな視線に、大きく溜め息を吐いた。何をしているのですか、あの人は……。額を押さえて呻いたあと、私はゆっくり立ち上がった。一度しまっていた羽を広げ、魔力を纏う。
「私も向かいましょう」
そう告げたベールと共に、到着点を火口付近に設定する。転移した先で、一気に押し寄せる熱と煙を払った。そのまま結界を張って閉じこもる。相変わらず、ルシファー様の魔力は紛れて判断しづらかった。
「こちらです」
淡々と示すベールの姿に、自然と表情が固くなる。私ですら察知できないのに、彼はルシファー様を捉えている、と? 不愉快な感情を呑み込み、後ろについて行った。当たり前のように、ベールは熱いマグマの中に手を入れる。
溶ける心配はしないが、落ち着いて見る光景でもないだろう。ストレートの銀髪がさらりと揺れ、毛先が溶岩に触れた。じゅっと音がする。ベールは迷うことなく、髪を切り落とした。肩甲骨の下まであった銀髪は、首の後ろですっぱり切れている。
毛先はそのまま溶岩の上で黒く焦げ、一瞬で蒸発したように消えた。何もなかったように、ベールはマグマの中を探っている。この奥にルシファー様が? 一緒に覗き込んだ私の前に、思わぬものが差し出された。
「預かってください」
「構いませんよ」
ひょいっと手のひらで受け止めたのは、小さな卵だった。一つ、二つ、三つ、すべてが指で輪を作った程度の大きさだ。小型で鳥類の卵に見えた。薄く模様が出ている。眺める間に、ベールは卵を拾い終えたらしい。
「全部で八つでした」
「……は、ぁ」
ルシファー様の魔力を察知したのではなかった。間抜けな答えを絞り出す間に、じわりと喜びが溢れた。ベールやベルゼビュートは、大した力量差のない同輩。そう認識していたが、先ほどのベールの態度を誤解した。自分が劣るのかと沈んだ心が、浮上してくる。
「一度、外へ出ます」
促されて、麓の森へ転移した。肌に触れる温度が、一瞬で数千度変わる。寒さすら感じ、ぶるりと身を震わせた。結界には温度調整機能が必須ですね。今後の参考にしようと決めた。




