12.冷水を浴びせられた気分です
結界を通して伝わる熱、耐性がある体でも辛い。全身が沸騰するような暑さに、長い息が漏れた。この中であの人はどこにいるのやら。もしかしたら燃え尽きていたり……。
想像した途端に、背筋がぞくりとする。冷水を浴びせられたような感覚に、ごくりと喉が動いた。複数の結界を追加し、外側から割れる危険を回避する。と同時に、魔力を解放して感知を始めた。
結界を追加したことで、魔力が一気に引き出された。背中に蝙蝠の羽が現れる。薄い膜がついた羽は、竜族と同じ爪が覗いていた。爆発するように増大する魔力が、易々と結界を維持する。溢れるほどの魔力を使い、ルシファー様の痕跡を探った。
これだけ噴火に伴う森の魔力が満ちて、場が狂っていたら……何も感じ取れない。
圧倒的強さを誇り見せつけながら、簡単に隙を見せる。そんなルシファー様に苛立ちを覚えることも多かった。寝首を掻こうとして失敗したこともある。簡単そうに物事を解決するくせに、何にでも興味を持つ子供のような存在。腹立たしさと庇護欲を煽るあの王が……消えた。
噴火に飲まれたのか、魔力も感知できない。繋がっていた魔力も切れた。諦めればいい。戻って報告し、ベール達と明日から……戦うのか。魔王の座を巡り、三者で争うだろう。
ルシファー様が頂点に立つから、皆が従った。だが彼がトップでないなら、私達三人は誰かの下につくことを納得しない。よくて同列、下手すれば格下と認識する相手に首を垂れるはずがなかった。
「あなたがいなければ……」
ルシファー様の愛する魔の森が、争いで炎に包まれ、凍りつき、薙ぎ倒される。きゅっと拳を握り締めた瞬間、何かを感じた。ぎこちない動きで左側に視線を向ける。三重に増やした結界の外、目を凝らしても見えない噴煙と溶岩の奥に。
「げぇっ、えらい目に遭った」
ぼやきながら結界を突き破って入り込んだルシファー様が、煤に汚れた手足で溜め息をつく。ひょいひょいと顔についた煤を拭うが、その手が汚れているため、顔の黒さは増した。顔を顰める姿に、目を見開く。
伸ばした手で、頬についた煤を拭ってやった。破顔したルシファー様は「汚れるぞ」と笑う。触れた温もりは本物で、その声や姿も幻ではなかった。
「……何をして」
「ああ、卵が残っているというからな。見つけてきたぞ! 魔力が少ないので、結構苦労したんだ」
岩の陰になった部分に隠されていて、周りを凍らせてあった。あれは母親である若い雌竜の工夫だろう。この子が氷属性じゃなかったら、逆に危険だったが。すらすらと語る内容に頷きながら、もう一度ルシファー様の顔に触れた。
「聞いているのか? 今日も変だぞ、アスタロト」
「ルシファー様、流石に失礼ですよ」
今日は、ではなく今日も。それは毎日おかしいと言ったも同然です。ムッとして言い返せば、ほっとした様子で卵を差し出した。表面にうっすら氷が残っている。受け取った感触で、この氷はルシファー様が張り直したのだと察した。
完全に溶けて熱に晒された卵を、守るための応急処置だろう。安全に運ぶため、大きめの布に包んでからルシファー様の背に負わせた。
「ありがとう、助かる。これなら落とさなくて済むな」
くるりと結界で包み、ルシファー様はこてりと首を傾げた。
「眉間に皺を寄せるのはやめろ、いつもより怖いぞ」
……先ほどから、本当に失礼な人ですね。いつも怖いみたいじゃないですか。笑顔で詰め寄ろうとしたら、先に転移で逃げられた。それでいて、きちんと魔力を繋いでいる。吸血鬼王と呼ばれる実力者相手に、誘導ですか?
ご安心なさい。きちんと追いかけて叱って差し上げますとも。




