11.一つ、そしてもう一つ
同じ結界内に入ってしまえば、いくら強固な守りも無に帰す。理解していないのか、ルシファー様は私と卵を包んだまま、灰色の噴煙の中へ突っ込んだ。前が見えない状況だが、結界をある程度大きくして視界を確保する。
「あ、ここだ」
ひょいっと結界の外へ手を出し、何かを掴んで引きずり込んだ。背の翼に覆われ姿の見えない少年は、その見た目から想像できない力でドラゴンを回収する。ずるりと結界に取り込まれたのは、柔らかな青いドラゴンだった。
この世界は色の濃淡で強さが分かる。同時に、色の違いが属性を示した。ドラゴンは数種類の色があり、水属性に特化した者は青系、火属性の竜は赤や黄色をしている。稀に黒や白に近い灰色が生まれることもあった。
ところが、ある程度の強者になるとルールが違うようだ。銀髪青瞳のベールは氷も炎も遜色なく扱うし、ピンクの髪と瞳を持つベルゼビュートは精霊魔法を使うため、四属性すべてを手足のように操る。それでいて、得意なのは風を操ることだ。
金髪に赤い瞳の私は、炎に特化しているように見えるが……実際は何でも扱う。一番得意なのは影や闇を操ることなので、色は黒のはずだが……。強者のルールが適用されたのか、淡い色合いだった。ただ吸血種は赤い瞳が多く、ほとんどの同族が同じ色の瞳を持つ。
世界のルールをようやく理解し始めたこの頃、ドラゴンの青色で力量をはかる。ここ百年ほどで、もっとも色の薄いドラゴンかもしれませんね。若い雌と聞いているが、彼女はその実力で一目置かれるだろう。
「うわぁ、ちょっと息が止まってるっぽい」
言うが早いか、治癒を施す。けほっと咳き込んだドラゴンが、大きく身を揺らした。ルシファー様など片手で掴んで飛びそうな巨体が、ごろんと転がる。ぎりぎりまで煙の中を飛び回ったのだとしたら……前回と同じ原因でしょうか。
抱えた卵に目を落とした。クリーム色の卵は、母親の魔力の強さを示している。ぜぇぜぇと苦しそうな呼吸を繰り返すドラゴンに、ルシファー様はさらに魔力を流し込んだ。生命力の強い竜種でなければ、その魔力に焼かれて絶命しかねないほど。
「た……ま、ご」
絞り出した声が「まだ卵が残っている」と訴える。その頬に手を当て、ルシファー様は優しい声で告げた。
「安心しろ。卵はすでに助けた。クリーム色のだろ?」
「も、ひと……」
もう一つ? 思わぬ言葉にルシファー様は結界の外へ目を凝らす。それから私を振り返った。
「悪いんだが、ドラゴンと卵を連れて避難してくれ」
「……はぁ……何度も申し上げてきましたが、私はあなた様の護衛も兼ねているのですよ」
自分で言って、哀しくなる。明らかに実力が上の存在の護衛など、虚しいだけだ。どうせ自分の力で解決してしまう。だが、露払いは出来るし、王を単独で行動させた後始末よりマシと割り切っていた。それでも複雑な想いは捨てきれない。
「じゃあ、避難してから追いかけてくれ」
にっこり笑うルシファー様は、少年姿でからりと明るく言い放った。その強さを知らなければ、何も理解していない子供が無茶を口にしたようで。苦笑いして一礼した。
「すぐに追いますので、繋いでおいてください」
「わかった」
魔力を繋いでおいてくれ。その一言は思ったよりするりと出た。追いかける実力が足りないと口にする屈辱など、この実力差を前に消えてしまう。
青ドラゴンと卵を結界で包み、噴煙の外へ転移先を指定した。森の中に降り立ち、すぐに竜族を呼び寄せる。卵が二つあったことを確認し、追おうとした私の前で……二度目の噴火と激しい振動に襲われた。
「ルシファー様?!」
繋がっていた魔力が切れる。嫌な予感ほど当たる。舌打ちしたい気分で二重に結界を施し、安全を確保しながら飛び込んだ。




