01.どこへ逃げやがりました?
「陛下っ! どちらにおいでですか」
探す部下の目をかいくぐり逃げようとする黒い人影に、後ろから忍び寄る。窓から飛び出し、白い髪を靡かせた子供は城を飾る塔の一つに舞い降りた。屋根の上に寝転び、大きく伸びをする。明るい満月の夜、まるで日向ぼっこをする猫のように、彼は目を細めて頬を緩めた。
純白の髪と抜けるように白い肌、月光を集めた銀瞳の青年だ。下で必死に呼びかける部下の声を無視し、僅かな休息を楽しんでいる。少年の隙を窺い、影をしっかり掴んでから声を掛けた。
「何をなさっているのです? 陛下……まだ仕事が残っておりますよ」
「うわっ、怖いぞ……アスタロト。影から現れるな」
「ルシファー様、誤魔化そうとしても無駄です。仕事は終わりましたか?」
ぐっと唇を噛んで、目を逸らす辺りはルシファー様らしい。簡単に嘘を吐いて叱られた頃が懐かしくなる。何度も叱られ、仕置きをされて大人しくなったが……やっぱりサボり癖は抜けない。
「仕事をしないのなら、仕方ありませんね……ベールに相談して」
「っ! わかった、やる……から、アイツに言うな」
つい先日もベールに捕まり、叱られたばかりだ。罰として大量の書類への署名を命じられたのに、その書類を放り出して出掛ければ……次の説教は倍以上の長さになるだろう。顔を引きつらせ、ルシファー様は肩を落とした。
金髪に赤い瞳の私と違い、銀髪に青い瞳のベールは冷たい印象を与える。実際は面倒見のいい……やや口うるさい真面目男だ。細かな点を突く欠点さえなければ、もう少し部下からの心象も良いだろう。同僚として注意したこともあるが、ベールに改善の意思はなかった。
下で叫んでいるのは、首なし騎士であるデュラハンだ。警護対象に逃げられた彼に手を振り、ルシファー様捕獲の連絡をする。大人しく執務室へ戻ったルシファー様は、執務机の前で溜め息を吐いた。
「なぜ、そんなに嫌なのですか」
魔族の歴史は、魔王誕生を元年として数える。十年ごとに纏める「魔王史」は現在百冊を超えて増え、まだまだ長く続きそうだ。純白の魔王として民が認めた少年は、その比類なき実力と裏腹に義務から逃げようとした。
理由を問う私に、彼は美しい銀色の瞳を向ける。整った顔もさることながら、指先、毛の一本まで美しい少年は、やたら表情豊かに訴えた。
「仕事好きなお前には分からないかもしれないが、オレは仕事が嫌いだ。無理にやらされるのも、難しい書類を処理するのも、大嫌いなんだ」
宣言する上司であり、王である少年は羽ペンを手に取った。文句を言うくせに、やればできる。一度目を通せば内容は把握する上、判断も公平で問題なかった。これでサボり癖さえなければ、最高の執政者なのだが……。
もう千年近く一緒にいるのに、まだ全容が掴めない。だからこそ飽きないし、放り出そうと思わなかった。立派な魔王に育てようと意気込むベールには悪いが、この人はこのままが面白い。
「なんか悪い事考えてる顔だぞ」
「失礼ですね、これでも美貌の吸血鬼王として知られていますが?」
「オレは初耳だ」
見た目は少年でも中身は千百歳近いルシファー様は、ぞんざいな口調で返してきた。
「文句を言うなら、こちらも処理していただきましょうか」
明日の予定だった書類を、亜空間から取り出して積み上げる。分かりやすく青褪めたルシファー様を見ながら、その塊をすっと横に避けた。
「明日でもいいですよ」
「そうか、さすがは寛大な美貌の……なんだっけ?」
こういうやりとりが心地よくて、つい意地悪を口にしてしまうのですが……。ああ、なるほど。私が意地悪をする原因は、ルシファー様自身ですね。
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魔王様シリーズ、リリスがいないバージョンです_( _*´ ꒳ `*)_即位して1100年頃。まだ少年だった魔王ルシファー様と、お取り巻きです。一応前作知らなくて平気なよう書くつもりです。よろしくお願いします