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思惑




 オッティ国で頻繁に女性の誘拐事件が多発している、その被害者の妹であるサニーに頼まれて姉のルキノを探しにやってきた。


 アトラスにとっては純粋に人助け、ハイゼットたちにはアトラスの心と魂を鍛える絶好の試練としてルキノを救出に参加する。


 勿論、ハイゼットたちも真剣にルキノを助けようと思っている。何故なら恐らくは彼女……いや、彼女達は魔族を召喚するための生贄として攫われたのだ。


 この事件を一番憎んでいるのはハイゼット達だったので、何が何でも助け出したいと決意している。


 被害者は大量の女の命だけには留まらず、同族である召喚される魔族さえ被害にあう。


 多分……既に何人かの乙女が魔族召喚の犠牲になっているだろうが少しでも早く、助けられるだけの乙女達は助けたい。


 それで、ハイゼット達は女性を攫おうとしていたゴロツキどもから聞き出した情報を元に、アトラスの暮らしている平和な国オッティから、軍事国ディアリスに渡った。


 密入国に使わせてもらった船は題なく進み、ハイゼット達を乗せた船はオッティ国からディアリス国に到着した。


 無愛想な船長に別れの挨拶もなしに船から下りる、それこそ船長への礼儀だ。


 彼らと馴れ合っている姿を見られて、密入国がばれると船長に迷惑が降りかかるのでね。


 そ知らぬ顔で船から離れて港をハイゼットが手綱を握り、馬に馬車を引かせて馬車には残りのアトラスとミラジーノとエッセが乗ったまま街を眺めた。


 一番落ち着きが無いのは、当然アトラスである。


 アトラスにとっては何もかもが初めてだろう、海も船も。オッティ国以外の土を踏むのも。


 「わ~凄い人だ……これでも小さな街なんでしょう?」


 船から下りて曇りの無い青い空のしたで、アトラスが人の多さに感動していた。


 田舎暮らしをしていたアトラスには珍しい物ばかりが、露店に並んでいる。オッティには乳製品の種類が少ない。


 質素な国のオッティ国では新鮮なままにその場で全て食すよりも、少しでも食いつなぐ習慣があり牛乳はそのまま飲まない。


 アトラスの常識ではチーズなど、保存できる状態して食べるのが主流なのに、此処では普通に子供が母親から渡されて飲んでいるのに驚いた。


 面白そうに街を忙しなく見ているアトラスに、ミラジーノは笑ったが人が多すぎるのに気付く。


 「そうね、でもちょっと人が普段より多いわ。何かあるのかしら?」


 大国ディアリス国といえど、隅から隅まで人でにぎわっている訳ではない。特にオッティ国が近くになるならこの港町はディアリスの田舎という位置に当たる。


 なのにこのお祭り騒ぎ、何かあるようだ。


 「食事をしながら聞いて回ろうぜ」


 ハイゼットは自分の胸ポケットに掌サイズの妖精の格好をしている、お姫様のシビリアンを入れた。


 シビリアンはハイゼットと密着するのが嬉しいのか、笑顔で顔だけポケットから出して楽しそうだ。


 そんなシビリアンの頭を指先で撫でて「大人しくしろよ」と一言、良い返事をもらったハイゼットは二頭の馬の手綱を持って港から街の中心に向かって歩き出す。


 暫く歩くと、なる程。お祭り騒ぎの原因が分かった。


 街の至る所に張り紙が張っているから。ミラジーノが軽い身のこなしで馬車から降りて、近くの壁に貼ってあった張り紙をはがして読み上げる。


 「何々?魔道師の大会ぃ~このご時世に?」


 エッセもミラジーノの読み上げた声に眉を顰めた。


 「見せてくれ、うわ~怪しさ全開」


 歩みを止めて手綱を近くの柵に引っ掛けて、ハイゼットがミラジーノの隣に歩きより、張り紙を覗く。


 「しかも見てよ?主催がこの辺を治める貴族で賞金が500,000モコですって、馬鹿じゃないの?」


 モコはディアリス国周辺の通貨、賞金の金額があれば湯水のように使っても半年は暮らせる大金に当たる。


 主催者は辺境伯アベニール卿、代々この周辺を治めてきた貴族の家系。特別名声を轟かせる人物でもないが、問題を起こす男でもなかった。


 「偶然にしては話が出来すぎている、次の新月までは一週間。見過ごせないな」


 エッセが馬車の御行台から呟く、アトラスとシビリアンが不思議そうに見ていたけど。そろそろ2人にも俺達の推測を話しても良い頃合いだろう。


 因みにハイゼットが教える前にミラジーノはサニーとの会話の途中で気がついた、魔族の召喚に女性を誘拐している関連を。やっぱり俺達の妹分だ、冴えている。


 そう褒めたら何故か殴られた……なんで?


 「歩きながらはなすよ」


 数回馬を撫でると、ハイゼットは再び手綱をもって歩き始める。


 「まずはな、今回の誘拐に関してだけど……」


 アトラスとシビリアンに魔族召喚というモノを教える、大勢の生贄が必要で魔族に血と魂と命を捧げる代わりに「魔族の力」の一部を借りる。


 人間からしたら魔族の一般市民でも強大な魔力を持つ一族だ、それを操れると。先は分かるだろう?自分の好き勝手できるって訳さ。


 例えば絶対に従ってしまう催眠術だったり、遠距離から暗殺できる力だったりね。


 人間の世界では忌まわしい儀式だろうが、それは魔族も同じ。


 考えてみて欲しい、君の世界では常識として……なんでもいいが、そうだ。ランプを手にしているとしよう。


 大量生産して価格も安い、今日でも次の瞬間でも一つくらい損失しても痛くも痒くもない状況だ。しかし異世界の地下帝国があるとして、その世界では明かりがない。


 何が何でも明かりが欲しい地下帝国は君を呼ぶ、明りはその世界では喉から手が出るほど欲しいものだから。


 そして地下帝国に召喚された君の目にまず飛び込んでくるのは、自分とは違う種族だけど姿かたちがそっくりな人々。


 まだそれはいい、しかし儀式によって呼び出された場所は沢山の女の死体の中。君が死体愛好者ではない限りは驚愕するだろう?


 しかも残酷に殺されて一箇所に血をあつめられ、その血から出てきたのは君だ。自分の体は全身血まみれで臓器まみれ、死臭と血の混じった臭い。


 トラウマにならないか? 悲鳴をあげない自信はあるか?

 

 ランプは魔族の魔力、地下帝国はサファリの人間。


 当然善良なる魔族の市民は泣いて「止めてくれという」けれど、魔族は冷酷で一切の情がないと信じ込んでいる人間は、これではまだ足りないか?と考えて更に女を目の前で殺す。


 ニアニア笑ってご機嫌を取ろうとして、己の同族を殺す人間に魔族は心の底から恐怖を感じる以外に何がある?


 そうすれば召喚された魔族は当然ショックを受ける、自分の責でこれ以上の殺戮を止めようと魔力を与えてしまう。


 開放されても悪夢となって光景が思い出されて、日常生活に支障がでるほどのフラッシュバックに苛まされるケースが多い。


 最近あった魔族の被害者は200歳(人間からすると12歳の年頃)の少女が酷い失声症になってしまった。


 彼女の目の前で足を括られ裸の人間の女が、40人。腹を裂かれて釣り下がられていた光景は想像に絶する。


 彼女が失声症になる寸前に出した声が、心臓がつぶれそうな悲鳴だったそうだ。


 思い出しても、ハイゼットは奥歯をかみ締めた。


 絶対に阻止してやる……。


 攫われた乙女達と魔族召喚の関連を説明していると、アトラスの瞳が酷く揺らいでいた。


 ショックだろう、アトラスにとって隣人は全て良い人だった。シビリアンも強くハイゼットの服を握り締める。


 「助けてみせる…」


 アトラスは握りこぶしを作って強く握り、誰に聞かせるでもなく決意のように言った。


 「早い話、我らが儀式をさせる前に止めればいい。なに、儀式をやろうとしている馬鹿は自分から名乗り出てくれたからな」


 アトラスを横目でエッセは黒い笑みを浮かべた。


 「首謀者がお分かりになられますの?エッセさん」


 ハイゼットの胸ポケットから顔だけをだしたシビリアンが、断定しているエッセを不思議に思って聞いてみた。


 「ああ、魔族を召喚する儀式には二つ揃えなければならない条件がある。一つは渦中の生贄と……」


 エッセは視線をミラジーノの手にある張り紙に移った。


 「魔法を操れる生贄だ」


 大勢の乙女は魔族への貢物、そして魔力を持つ者は異世界へのコンタクトを取るために魔力に満ちた魂が必要だ。


 魔界は異世界、生半可な魔力では無理である。


 ―――だから。


 大会を開催して、手っ取り早くここ周辺で一番の魔力の持ち主を探し出そうという魂胆としか見えなかった。


 表向きは戦争で疲れている民を活気つけるという目的だろうが、裏の事情を知っているハイゼット達には通じない。


 純粋に大会を楽しみにしている人々を見ていると、悲しくなってくる。まさか自分の領主が魔族と契約の材料を探す罠だとは。


 感傷に浸っているとハイゼットの前に、小さな少女がジュースを持ってきた。危なげに両手に包んで。


 ジュースの中はミックスみたいに様々な果実の匂いがして、美味そう。


 「買ってください、新鮮な果物をハチミツで甘くしてます!美味しくてホッペが落ちゃいますぅ!」


 露店の娘だろう、キラキラした目でアトラスたちを見上げている。少女が持っているのは安い木の器だ、飲んだら露店に返すのがルール。


 「おう、貰おう。みんなの分あるかい?」


 ハイゼットが頭を撫でて四人分を注文する、力強く頷く少女に思わず笑みが零れた。


 シビリアンは自分のと一緒に飲めば良い。シビリアンは自分の頬を押さえてモジモジとしている。


 「キャー!ハイゼット様、わたくしと間接キスですわ」


 間接キス?何それ?

 

 「アンタってさ、本当に見境ないわね。尊敬するわよ」


 ヤンキーヨロシク、横に歩いていたミラジーノがガンをつけてきた。何か黒いオーラを背負っていらっしゃる。


 「おいおい、勘弁してくれ」


 凄い迫力にハイゼットが押される。そんなの露店の少女が知るわけが無い。


 嬉しそうに自分の店に人数分を取ってこようと振り返るが、露店の主人。この子の母親が飛んできた。


 「すみません、お客さん!まるで押し売りみたいに……駄目でしょう!お客さんに無理言ったら」


 両手に売り物のジュースを持っている少女が唇を噛んで、母親を見上げた。母親は譲らない顔をしているのに涙を溜める。


 「だってぇ…ジュースなくならないと武道会見に行っちゃ駄目だって……」


 アトラスはそれを聞いて小さく笑った、微笑ましくて。


 この子は商品が完売するまで魔道師の武道会へ見学にいけないのを知っているから、こうやって道を行く人にも声をかけているのだろう。


 この子くらいの年頃なら、多少強引な販売でも笑って許せるから不思議。自分もこの子の為に買ってあげたくなる。


 そういえば僕も祭りは心待ちにしていたな、それは大国であろうが変わりない様子に安心した。


 「安心しなさいな、大会は明日あるのよ?今日頑張って全部売っちゃえば明日は大手を振って見に来れるわよ」


 大会は市民の活気づけるのが前提なので、会場の見学は無料。ただ他の街から来る人は有料だけど。


 ミラジーノが腰に手を当てて胸を張る、そして。


 「明日の大会までに仕事片付けちゃなさい!このミラジーノちゃんが大活躍するんだから、見に来ないと絶対に損するわ」


 途端に少女の瞳がキラキラ光りだした。


 「すっごい~お姉ちゃん魔法使いなの!?お空も飛べる!?」

 「空は無理ね、でも炎は出せるわ」


 本当は飛べるけど、それは高等魔術。人間にしたら難しいのでそういっておく。


 そして人差し指を少女の前に出すと、ポッと小さな火が現れたのを少女は歓喜をあげた。


 剣士など肉体を使うのは多くても、魔力を使い魔法を出す魔術師の数は少ない。


 誰にでも魔法の才能はないから。でないと魔族を召喚して魔力を得ようとする必要性がない。 


 その上魔族から与えられる魔力は人間の魔力と違い、多種族の力なので感知されないと言う特典までついているのだから、権力を求める者が魔族との契約を古来から求めてきた。


 それは兎に角、珍しい魔法を見せられた少女ははしゃぎ。羨望の眼差しを注がれてミラジーノは得意げに顎の角度は高めだ。


 ≪おい……勝手に決めるなよ?≫

 

 毎度おなじみ念話ターイム、ハイゼットは後ろでミラジーノに伝える。


 ≪別にいいじゃない?私が負けるとでも≫


 ハイゼットは大きくため息をつく。


 ≪その逆、破壊の限りを尽くすんじゃねぇ?≫

 ≪失礼ね!私だって手加減くらいできるわよ≫


 そりゃ初耳だ、是非とも俺にしてくれ。


 しかし大会の参加をするには建前として魔道師のミラジーノなら、アトラスも不信には思わないか……。


 「だから、この調子で頑張りなさいよ?」


 ミラジーノは笑顔で顔を少女に近づけると、少女はキラキラ目で。


 「うん!絶対に見に行く!!」


 元気よく応えた。


***


 ハイゼット達とジュース売りの少女と別れて時間は経ち。夕方、もうすぐ日が沈みそうな時刻。


 港町を見下ろせる場所に一つの館が立っている、それはこの周辺を治める辺境伯の位をもつアベニール卿がテラスから見下ろしていた。


 「とうとう明日ですな」


 アベニールの背後から初老の男が近づき、彼の背中に話しかける。


 今更「何が?」なんて聞かない。明日の為に2人は長い間、時間と金をかけて揃えた。


 「そうだ、これで私は不老が手に入る。歳なんぞに殺されんよ」


 テラスの手すりを強く握るアベニール、どうやら彼の望みは不老らしい。人間が望むありふれた欲望だ。

 

 アベニールに見えない角度で背後の初老は笑う、まるであざ笑っているようだった。


 「何はともあれ明日になれば、苦労は報われる。その瞬間が私は待ち遠しい」

 

 背後の初老の男は、まるで恋焦がれるような視線で一番星を見つめる。


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