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第8話 寧々さん、接待に駆り出される

永禄4年(1561年)11月下旬 清洲城 寧々


……解せぬ。なぜ、一介の侍女に過ぎないわたしが、幕府の重臣である細川殿を相手に茶を立てなければならぬのか。まあ、できない話では確かにないが……。


「いやあ、織田殿が是非にと言われるだけありますな。まこと、結構なお点前で」


「恐れ入ります……」


「ふふふ……どうやら、賭けは某の勝ちの様ですな。お約束、お忘れなく」


「わかっておりますよ。空席となっている尾張守護職への補任の件、この藤孝が必ず上様に言上仕りましょう」


「よろしくお願いいたします」


ただ……そのやり取りを聞いて、何かイラっとする。信長様はわたしに協力を求めるときに言ったのだ。「尾張は味噌しかない田舎と馬鹿にする上方の者に、ここにも侮れない高い文化があることを見せてやれ!」と。


それなのに、これでは闘鶏の如き賭けの道具だ。「なめとんのか、われぇ!」とつい大坂にいた頃の性格を表に出して、ドついてそのままお堀にドボンと放り込みたくもなる。……まあ、相手は主君なのでしないけど。


「そういえば、織田殿。川中島の顛末は聞かれましたかな?」


「ええ、聞きました。9月に武田と上杉がド派手にぶつかったそうですな」


「それで……ひとつ織田殿の見解を聞きたいのですが……戦いは、上杉が勝ったと見るべきでしょうか?」


この茶室には、わたしを除けば信長様と細川様だけなので、忌憚なく互いに表向きなこと以外の事柄についても意見交換を行っている。


「某は、上杉の勝ちだと思いますが?」


「ほう……その根拠は?」


「武田は此度の戦で、信玄公の弟である信繁殿や軍師である山本殿を失いました。対する上杉の方は主な重臣に戦死者がいませんので……」


「なるほど」


その答えは、どうやら細川殿を満足させるに足るものだったようだ。まあ、上杉の力を当てにしている幕府の立場なら、そう思いたいのかもしれない。だが……わたしの見解は違う。


(そもそも、この戦いの原因は、川中島周辺の領有権だったはず。ならば、戦が終わった後もかの地を支配している武田に軍配は上がるのでは?)


前世の長浜城で、藤吉郎殿の問いに竹中殿がそう答えていたことを思い出した。その記憶を懐かしんでいると、細川殿がこちらを見ていることに気づいた。


「あの……なにか?」


「ああ、いえ……何か考えられている様子だったので、寧々殿には別のご意見がお有りなのかと思いまして」


「え?……まあ、有るにはありますが……」


相手は織田家にとって重要な賓客ゆえ、果たして今思っていたことを正直に言っていいものかと悩む。しかし、そのとき信長様が「構わないから、申し上げよ」と背中を押してくれた。だからわたしは、忌憚なく先程思ったことを細川殿に申し上げた。しかし……


「ね、寧々……もうその辺にして差し上げろ。細川殿が泣いておられる……」


「えっ!?」


ついつい、調子に乗り過ぎて、話の話題が川中島の合戦の件から色々と飛び火し、信長様から止めるように言われた時には、「幕府は都合のよい夢ばかり見ずに、まず力がないことを認めて、その上でどうするのかを考えるべきだ」などと……余計なことをべらべらと喋り過ぎていた。


「わかっているんです。寧々殿が申されているのは、そのとおりで……」


「あわわわわ!ご、ごめんなさい!つい言いすぎてしまいました!」


間違ったことを言っているつもりはないが、細川殿は織田家の賓客だ。わたしは頭を下げて無礼を謝罪した。信長様と共に。だが、涙をぬぐいながら、細川殿は「それには及ばない」と言って、許してくれた。それどころか……


「寧々殿。あなたさえよろしければ……」


……そう前置きした細川殿は、信じられないことに、わたしに幕府に仕えて欲しいと誘ってきた。公方様の側で、耳に痛いことを申し上げて、皆の目を覚ましてほしいと。でも、それってたぶん、側室になれということだろう。


「折角ですが……」


なお、信長様は別に行ってもいいぞと言ってくれたが、そもそも、天下人の妻になりたくないから、藤吉郎殿を振ったのだ。しかも……義輝公はあと4年もすれば、命を落とすはずである。折角、人生をやり直しているのに、巻き添えは御免だ。


それゆえに、「お市様にお仕えしている以上、二君にまみえるつもりはない」と言って断ったのだった。

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