第5話 寧々さん、信長様に説得されるが……
永禄4年(1561年)8月上旬 尾張国清洲城 寧々
もしかして、信長様の側室に?
(天下人の妻は嫌なのになぁ……困ったなぁ……)
そう思いながらも、顔は自然とにやけてしまうのを感じながら、わたしは信長様に手を引かれて……なぜか茶室に入った。中には誰もいないから、二人きりなのだが……初めてなので、もう少し雰囲気のある場所でして欲しいものだと思わないでもなかった。
しかし、信長様の口から発せられた言葉は、わたしの淡い恋心に冷や水を浴びせるものだった。
「なあ、寧々よ。藤吉郎が泣いておるのだ。そなたとどうしても一緒になりたいと」
「は……?はぁ……」
「もちろん、あやつの身分とか顔とかを思えば、そなたと釣り合わぬのはよく理解した。うむ、誠にあやつにとっては高嶺の花で、実にけしからぬ話だな。俺もそう思うぞ。だが……」
それでも考え直してやって欲しいと、信長様は言った。しかも、藤吉郎さの実力ならば、ひとかどの武将どころか、一国一城の主になれると褒め称えて。
(まあ……そのとおりなんだけどね……)
だが、その先の結末を知っているだけに、わたしは「うん」とは言わない。どうしても無理強いするのなら、尼になるとまで言ってみた。藤吉郎さの死後、二十年以上やっていたので、読経と写経三昧の日々も別に苦でもない。しかし、信長様は大いに慌てた。
「ま、待て!尼になるなどとは……早まるな!そなたはまだ14ではないか」
14だったら何だというのだと少しイラっと来たが、よくよく考えれば、この時代の信長様は尾張をようやくまとめ上げたばかりで、殿さまと言っても晩年のような絶対的な君主ではない。
(確かにこの状況でわたしが尼になれば……外聞はよくないわね)
嫌がる家臣の娘を強引にお気に入りの臣下の妻にさせようとしたことが明るみになれば、器量よしの娘を持つ家臣たちは警戒して、信長様から心が離れていくだろう。しかも、14歳の少女を尼になるほど追い詰めたとなれば、猶更ひどい話ということになるのは間違いない。
だからこそ、気づいた。今、自分が非常に優位な立場に立っていることを。
「それで、どうなさいますか?」
「どう……って?」
「さっきのあれは、帰蝶様を怒らせてしまいましたよ。これでは、折角、お城に逃げてきたというのに、ますます行き場所がないじゃないですか!」
帰蝶様の侍女にはもう戻れないだろう。それゆえに、やはり尼寺に行くしかないと信長様を揺さぶる。
「わ、わかった!それなら、しばらくの間は俺付きの侍女ということで……」
「しばらくの間?そのような『あいまいな立場』なら、やはり尼寺に……」
「ああ、わかった。気のすむまで、俺の侍女になってくれ!」
まさに最高の答えを引き出すことができた。もしかしたら、そのうちお手がつくかもしれないが、それはその時の話だ。