第53話 寧々さん、突然の求婚に……
永禄5年(1562年)7月上旬 尾張国清洲 寧々
(えっ?今なんと言われた?一生をかけて支えます?あれ?それってもしかして……)
玄蕃頭様の今のお言葉に込められている意味をあれやこれやと考えているうちに、わたしはついに気づいた。これは、わたしに対する求婚の言葉ではないかと。
(どうしよう……)
徐々に顔が熱くなっていくのを感じながら、この予想外の展開にわたしは驚くが、玄蕃頭様の真剣なまなざしを見るにつけて、勘違いということもなさそうだし、何よりその強い想いも伝わってくる。それゆえに、聞こえなかった振りをすることはできないと悟った。
(それに……わたしも嫌じゃない)
それならば、いつものようにわたしの気持ちを伝えるしかないと口を開いた。
「玄蕃頭様。今のお言葉ですが、わたしへの求婚……ということですよね?」
「はい。それで間違いありません」
「そうですか……それならば、あなたにお訊きしたいことがあるのですが、お答えいただけますか?」
「何なりと!」
威勢のよいその言葉に、つい可笑しくなって笑いそうになってしまうが、わたしは彼に藤吉郎殿や慶次郎に訊ねたのと同じく……
「もし、わたしがあなたの子を産めないと言っても、あなたは側室も妾も終生持たずに、わたしだけを愛し続けることができますか?」
……そう訊ねてみた。
「はい」
(やっぱり、無理よね。なら、申し訳ないけどお断りするしか……って、えっ!?)
訊ねてみたものの、悲観的な方向に思考が向きかけたところですぐに聞こえてきた了承の返事に、わたしは聞き間違いではないかと思って、玄蕃頭様を見た。しかし、そんなわたしを見て、彼はもう一度言ってくれた。「はい」とはっきりと。
「あの……本当にいいのですか?自分で言っておいてもなんですが、わたしって重い女ですよ。それに、跡取りを作れなければ、お家は……」
「何も心配することは有りませんよ。俺はあなたさえ居てくれたら、他には何もいらないので。ですので、ご要望通り子を産むことも望みませんし、側室も妾も持ちませんから……あなただけを愛させていただけないでしょうか?」
その言葉に心が震えて、気がつけば大粒の涙が頬を伝っていた。そして、もう迷わなかった。迷う必要がなかった。
わたしは玄蕃頭様の「お願い」に「はい」と答えた。この人となら、幸せになれると思って。ただ……
「あの……盛り上がっているところを大変申し訳ないのですが、そういうお話はどうか二人きりの場でして頂けないでしょうか」
「え……?」
「左様左様。遠江守様の申される通りですよ、若。告白が上手くいってめでたき限りですが、流石に我らの目の前でそのような臭いお言葉を吐かれると……ぷぷぷ、ああダメだ。もう限界だ!」
「ひ、樋口!?」
そういえば、この場には堀殿と樋口殿も同席していたなと、今更ながら思い出して、わたしは恥ずかしさが一気にこみ上げてきて、顔を向けることができなくなり俯いた。
一方の玄蕃頭様は、ついに笑い出した樋口殿に「それなら気を利かせて黙っていなくなれよ!」と声を上げるが、その樋口殿はというと……
「では、お二人でゆっくりしっぽりと語り合えるように、隣の部屋に布団を準備してきます!」
……などと言って、玄蕃頭様をからかいながら、部屋から出て行く始末だ。そして、残された堀殿も気を利かせたのか、後を追うように退出していくと、今度こそこの部屋には、わたしと玄蕃頭様だけしかいない、二人きりの場となった。
「どうもすみません。あとで、よく叱っておきます……」
「いいえ、お気になさらずに。それよりも……」
こうして改めて二人きりになったところで、わたしは玄蕃頭様に申し上げることにした。「不束者ではありますが、どうか末永くよろしくお願いします」と。




