第45話 政元は、漢を魅せる(前編)
永禄5年(1562年)7月上旬 尾張国中島郡 浅井政元
「吉報をお待ちくださいと言ったものの……あははは、どうしよう、アレ。えっ?20人程度っておまえ言ってなかったっけ?」
随分と話が違うのではないかと、俺は隣にいる樋口三郎兵衛に不満を零すと、「どうやら美濃から増援が来たようです」と彼は取り乱すことなくシレっとそう言った。
茂みから覗き込んだ先の河原には、竹中半兵衛とその仲間たちが確かにいるのだが、どうみてもその数は50人を下らない。一方で、この場にいる味方の数は、自分を含めて12人しかいないのだから、数の上の劣勢は明らかだ。
「……しかし、今更引けないでしょう。大丈夫ですよ、若。ひとり5人倒せば勝てます。気合と根性で乗り切りましょう」
そして、反対側の隣にいる堀遠江守は、半ば開き直ったかのように無謀なことを言い出し始めた。数字の上では確かにそうなのかもしれないが、俺は正直剣術が得意ではないし、他の者も幾人かは同じようなものだ。何しろ、12人の中には、荷物持ちの小者まで含まれている。
つまり、このままこの人数で押し入っても、ひとり5人の目標を達成することは不可能で、万に一つも勝ち目はないことは明らかだった。
「どうしよう……何か方法はないものか……?」
「若。この際、退くという手もありますが?」
「退く?」
「そもそも、これは織田家と斎藤家の問題です。我らが浅井の者がここで見て見ないふりをしても、誰もとやかくは申さないかと……」
樋口の言うとおり、確かにその選択肢は存在していた。だが、そうなれば、俺は卑怯者だ。例えそのことを誰も責めなかったとしても、俺はきっと自分を許すことはできないだろう。そして……そんな俺は、寧々殿に顔向けができなくなる。
「それは……嫌だな」
この先、父上たちが望むように、彼女が俺の妻にならなかったとしても、俺の決意は変わらない。それゆえに、約束を果たすべく戦うことを改めて皆に告げた。すると、樋口が少し笑みを浮かべて口を開いた。
「では、若。……このような策は如何でしょうか?」
そうして、頭を悩ませていた俺に、樋口は作戦を献じてくれた。それは、一か八かの博打のような作戦だったが、堀の言うように気合と根性で乗り切る策よりかはマシだと言えた。それゆえに、俺は実行に移すべく、単身で茂みの外へと飛び出して叫んだ。
「そこの者どもに告げる!貴様らは今、完全に包囲されているゆえ、速やかに女を開放せよ!さもなくば、容赦なく矢を射かけるぞ!!」
そして、大げさに手を挙げると、背後の茂みが大きく揺れて足音のような音を発した。左程大きな音ではないが、本当に兵が潜んでいると見えなくもないし、そう思ってもらいたいものだ。しかし……
「あはは、中々、面白いことを考えるものですね。ですが、残念ながら相手が悪かったと申し上げておきましょう。そうですね……あなたの後ろから聞こえる音は、少ない兵を左右に大袈裟に走らせて、さも大勢の兵がいるように見せかけようとした、というところでしょうか?」
まさに、竹中半兵衛の言葉のとおりだった。そして、こうもあっさり策を見破られた以上、最早戦う以外の選択肢はない。
「結局、ひとり5人か……」
果たして俺にできるのだろうかと、刀を鞘から抜きながら思っていると、樋口が励ますように言ってくれた。「若の担当分のうち、二人は引き受けますよ」と。
まあ、そんなに簡単に行かないとは思うが、覚悟を決めた。そして、刀を振り下ろして命じるのだった。
「皆の者!かかれ!!」と。
 




