第41話 今孔明は、男前だが女を攫う
永禄5年(1562年)7月上旬 尾張国清洲 竹中半兵衛
「あの……本当に大将自らやるつもりで?」
ここは、清洲城下の裏路地。これから、標的である寧々姫を攫うための作戦を雇った浪人たちに説明すると、彼らは驚いたようにそう言った。どうやら、凡人には我が知略の真髄が理解できぬようだ。
だから、面倒だが説明することにした。おまえたちの人相が悪いから、仕方なく自ら呼び出す役をやることになったことを。
「人相が悪いって……いくらなんでも、酷過ぎじゃないですか?」
「俺は事実を言っているつもりだが……それとも、できるのか?女を警戒させることなくここまで連れて来るには、あくまで顔がモノを言うと思うのだが……」
そういう今の俺は、お城から来た侍と言ってもおかしくない身なりをしている。あとは爽やかな笑顔で応対すれば、疑われることはないだろう。何しろ、俺は男前だ。
そして、それに気づいたのだろう。文句を言っていた男たちも、それ以上は何も言わなかった。
「とにかく、女がここまで連れてきたら、おまえらは声を挙げさせないように素早く意識を狩れ。それから……」
そこまで言って、俺は懐から折りたたまれた紙を取り出して、先程文句を言っていた一番近くにいた浪人に渡す。内容は、織田信清の命令書で、寧々姫を犬山まで連れて来るようにと書かれてあった。
「いいか。ここから女を連れ出す際におまえは俺たちから離れて、あとは城下の適当な場所にこの書状を必ず落としておけ。おまえの任務はそれで完了だ」
「書状を……ですか?まあ、それくらいならお安い御用ですが……」
男の顔にはしっかりと、「一体どういう理由があるのだろう」という疑問が表に現れているが、それについては説明しない。彼らの果たすべき役目には必要ないことだし、これ以上凡人と無駄話をしていると、疲れて血を吐きそうだ。そうしているうちに……
「大将……来ました。あの女です」
表通りを見張っていた浪人の一人がそう伝えてきたので、家の影から覗き見してみると、その先には美しい女性がひとりでこちらに向かって歩いてきているのが見えた。
「間違いないな?」
「はい。某は何度かあの女が猿顔の小男と一緒に居るところを確かに見ましたので」
「そうか。それなら……行って来る」
俺は、呼吸を整えるように一つ息を吐いて、それから女が歩いている通りへ出た。そして、いつものように女をひっかける要領で、あくまでお城からの使者であるかのように近づき、声をかけた。
「あの……お嬢さん。少々よろしいでしょうか?」
「え……?何か……」
「実は、木下殿が陣中にて、お屋形様の金平糖を盗み食いしまして……それで、打ち首になる前に一目あなたにお会いしたいと……」
「え……ええええ!!!!」
真に馬鹿げた話ではあるが、数年前までうつけと呼ばれていた信長であるから、こうした話をこの城下の者は信じるようだ。しかも、大の甘党とも知られていているから、十分あり得る話であるとして。
「あ、あの……どうすれば……?」
そして、信長も木下猿とやらも今は犬山に出陣中で、この町にはいないとくれば、寧々姫は安易に俺の誘導に乗せられることになる。
「この路地の向こうに、人目がつかぬよう籠を用意しておりますれば、どうぞこちらへ」
「は、はい!」
おそらく、頭の中は混乱しているのだろう。俺の言われるままに彼女は何の疑いも抱かずに、浪人たちが物陰に隠れている路地裏に足を踏み入れて……
「うっ!」
あえなく、浪人の一人に首筋へ手刀を決められてその場に崩れ落ちた。あとは、縛り上げたうえで、そこの桶に放り込んでそれを荷車に乗せて、美濃に帰るだけだ。
「では、行くぞ」
彼らが荷造りを済ませている間に俺は、商人の恰好に着替えて、同じく町人に扮した彼らを連れて城下を北へ向かう。きっと、味噌を積んでいるのだと思われているのだろう。関所を守る番人も特に疑わず、こうして無事に城下を抜け出すことができた。あとは、木曽川を早く渡るだけだ。




