第36話 寧々さん、実の父親に会う
永禄5年(1562年)6月上旬 尾張国瀬戸 寧々
清洲から東へ遠く離れたこの瀬戸の地は、古来より瀬戸焼と呼ばれる陶磁器の生産が盛んな場所だ。ただ、この地は三河と美濃と国境が交わる場所であり、決して平和な場所ではない。そんな場所に義敦様の隠居所はあったのだ。
「もしかしたら、他国と手を組んで復権を目指しているのかと勘繰ったけど……」
だが、目の前で真剣に粘土をこねる義敦様を見て思う。この人にはもうそんな野心は残っていないことを。そして、作業がひと段落終えたのか、そんな彼はわたしを見て開口一番に言った。「こひか。久しいのう」と。
「怖れながら、こひはわたしの母でございまして……」
「ん?」
不思議そうにそれからわたしを見た義敦様は、どういうわけか座を立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。そして、顔をまざまざ触りながら、こう言った。「こひの娘ということであれば、そなたは寧々か?」と。
「は、はい。その通りでございます」
「そうか、そうか。ようやくこの父に会いに来たのじゃな。うれしいぞ」
「え……?」
いきなり認められるとは思っておらず、わたしは戸惑いを誤魔化すことができなかった。すると、義敦様は言った。「そう照れずとも好い」と。
「いえ……照れているわけではなく、ここに来たのは半信半疑でして……」
「なに?杉原から何も聞いていないのか。そうか……あやつは、秘密にしておいたのか。それはバラして悪いことをしたかのう」
ケタケタと笑う義敦様は、少し落ち着いた後に裏事情を説明し始めた。なりそめは、お忍びで出かけた神社の夏祭りに供をさせて、その神社の裏の茂みでお手をつけたらしいが……
「こひがそなたを孕んだと聞いてな、儂は心配したのだ。当時、斯波は守護と言っても危うい立ち位置にいてな。無事に産まれても、政争の具に巻き込まれないかと……」
それゆえに、家臣の中から杉原の父を選抜して、義敦様は母の伴侶……わたしの後見人になるように命じたという。母は酔い潰して騙したつもりだったようだが、騙されていたのはどうやら母の方みたいだ。
「それじゃ……わたしは、本当に義敦様の娘ということなのですか?」
「その通りじゃな。まあ……こんなヨボヨボが父と言われて、そなたは迷惑かもしれぬが……」
しかし、そこに愛情は確かにあった。だからわたしは、娘として父上に改めて挨拶をする。
「寧々と申します。初めまして、父上様……」
自然と目から涙がこぼれる。それは、義敦様……いえ、父上も同じようだ。だが、そんな父上は言った。「外では儂の娘であることは内緒にせよ」と。
「あの……それはどういうことで?」
「斯波は……孫の義銀が信長殿に逆らって追放されたであろう。そなたが儂の娘ということがわかれば、どんな目に遭うか……」
それゆえに、この場での話はこの場限りにせよと父は言った。しかし、そんな父にわたしは事情を話した。お市様の侍女として、小谷に向かうためには寧ろ、斯波の娘という立場が必要であるということを。
「無論、実の娘とは公にしません。表向きは、父上の猶子ということで……」
それゆえに、どうか娘としてこの先も孝を尽くさせてほしいと願い出た。すると、そんなわたしを父は優しく抱きしめてくれた。「ありがとう」と涙声で言いながら。
父の年齢から考えれば、おそらく、この先小谷に行けば、そこから先は二度と会うことはかなわないだろう。いや、もしかしたら、それまでに世を去ってしまうかもしれない。
だけど、折角この二度目の世界で見つけることができた家族に、わたしの心は今、満たされたのだった。




