第35話 寧々さん、実父疑惑の元守護様との対面に思い悩む
永禄5年(1562年)5月中旬 尾張国清洲城 寧々
実家から戻ってから、どうしても気分がすぐれない。あの後、長吉とややに会って相談し、長吉は供侍として、ややはわたしの配下の侍女として、結局、二人とも北近江に連れて行くことを決めてきたが、今、頭を悩ませているのは、父親の話だった。
「はあ……どうしよう。会ってもいいけど、会いたくもないような……」
「はぁ」とこの日何度目かのため息を吐くと、そこに慶次郎が現れた。
「どうしたのですか?何か心配事でも?」
「あ……い、いや、大したことではないんだけどね……」
「大したことないと言われても、すでに7日も8日もそんな感じですよね?そろそろ、打ち明けて頂けませんか。お市様もご心配されておられますし……」
「えっ!お市様も?」
いやいや、お市様の前では完璧に表に出さないようにしているから、そんなことはないと否定するが、慶次郎はそんなわたしにため息を吐いた。「あれで、誤魔化せていると本気で思われているのか」と呆れるように。
「とにかく、悩みがあるのであれば、某に打ち明けられませ。それとも、某は信用ならない、あるいは当てになりませぬか?」
「い、いや……そんなことはないわ。頼りにしているし……」
「でしたら、さあ!お聞かせくださいませ。何を悩まれておられるのですか?」
「じ、実は……」
流石にここまで言われては、黙り続けることはできない。わたしは、事の次第を慶次郎に打ち明けた。自分が元・尾張守護、斯波義敦公の娘であるという可能性があるということを。
「義敦公って、確か……およそ50年前に遠江で今川相手に盛大にやらかして、守護の座を引き摺り下ろされた方ですよね?しかし……年齢が合わないのでは?」
「母に聞いたところ、義敦様は老いて益々盛んな人だったようよ。やることないから、奉公に来ていた女中やお忍びで街に出ては若い女を誑かして、毎日とっかえひっかえでアレしていたみたいで……」
「それは……何とまた……」
そして、その中に自分の母もいたことを告げると、慶次郎も何とも言えない顔をした。
「ですが……義敦公と言えば、確かまだ生きておられますよね?会われるのですか?」
「そうなのよね……それをここの所ずっと悩んでいるのよ。まあ……そんな状況だから、義敦様はきっと覚えていないだろうし、会いに行っても否定される可能性もあるわけで……」
あと、加えて言うならば、母はわたしを孕んだと知るや顔見知りだった父上を飲みに誘い酔い潰して、後日「あなたの子よ」と言って結婚を迫ったらしい。もし公になって知られたら、修羅場は確定だ。
「どうしたらいいのかねぇ……」
「寧々様。某は会われてみればよろしいかと思います」
「会った方がいい?」
それはどういうことなのかと訊ねると、慶次郎はどのみちわたしがお市様の筆頭侍女として共に小谷に行くには、誰か身分の高い方の猶子にでもした方が良いと信長様が考えておられるだろうと言った。それは、織田家の体面を保ち、お市様が侮られないためにと。
「ですので、もし本当であっても、違っていたとしても、表向きは義敦公の猶子という体を通されたら、杉原のお父上にも知られることもないかと……」
「なるほど……確かに慶次郎の言うとおりよね」
それなら、善は急げとばかりに、面会の日程を調整するように慶次郎に求めた。彼も嫌とは言わずに「早速に」と動き出した。
「それにしても……どんな人なんだろうな」
齢は75というらしい。母は老いて益々盛んなエロジジイと言っていたが、流石にもう枯れているだろう。そのように色々思いを馳せながら、わたしはこうして面会の日を迎えるのだった。




