第31話 寧々さん、心強い味方を得る
永禄5年(1562年)3月下旬 尾張国清洲城 寧々
「お屋形様!お話いたしたき儀があります!」
夜が明けて早々、帰蝶様の命で慶次郎が夜這いをしてきたことを報告するために、彼を連れてお屋形様の部屋に乗り込んだ。もちろん、驚かれているが、そんなことは知ったことではない。何しろ、わたしは傷心だ。
「……なんといったらよいのか。寧々よ……このとおり、帰蝶の仕出かしたこと、詫びさせてくれ」
「今後、このようなことが起きないこと、あと……ここにいる慶次郎が咎められるようなことがなければ、昨夜のことは水に流させていただきます。……が!」
もし、次に同じようなことがあったら、そのときは尼寺に駆け込むと信長様にしっかりと申し上げた。そうなれば、盟約の条件が果たせなくなり、浅井家を怒らせるのみならず、理由が理由なだけに織田家は天下の笑いものだ。
「わ、わかった……。帰蝶には儂からもよく言っておくから、くれぐれも穏便にな……。あと、前田慶次郎……」
「はっ……」
「そなたにも迷惑をかけたな。無論、この件で帰蝶が咎め立てすることは、この儂が決してさせぬが……ただ、それでは儂の気がすまぬ。何か、望みはないか?」
「でしたら……」
わたしはこの時、てっきり松様を妻にと望むのではないかと思った。褒められたことではないが、信長様なら評判さえ気にしなければ、強引にそういうことをできなくはないのだ。しかし……
「お屋形様。もし、お許しを頂けるのであれば、わたしもお市様、寧々様と共に小谷へ……」
「へ……?」
思いもよらぬ答えが飛び出して、驚かされた。何しろ、慶次郎は荒子城主である前田家の跡取り息子だ。その点は、信長様も指摘してどうするのかと訊ねる。しかし、慶次郎は笑って答えた。
「前田家は……叔父、又左衛門殿がおります。お屋形様も、それをお望みなのでは?」
「それは……うむ、本心で言えばそうだが……しかし、本当に良いのか?」
「ええ、某は決めました。寧々様と共に小谷へ参ります」
清々しい笑顔をわたしに向けて、彼はそう答えた。無論、その意味が分からぬほど、わたしは初心ではない。同時に胸が高鳴り、顔も熱くなる。
(それって、もしかして……そういうことよね?)
頭の中で、ぐるぐると色々な思いが駆け巡る。「昨夜は断ってきたのにもう心変わり?」とか、「松様の事はどうするのか」とか、「子供産めなくても本当にいいのか」などと……こんがらがってもくる。
実の所、その間に信長様は、慶次郎と話をまとめて部屋から去って行ったのだが、それすら気づくこともなく、そうしていると……
「寧々様……」
「ひゃ、ひゃいっ!」
不意に我に返らされて、口から変な声が飛び出した。すぐに慶次郎を見ると、彼はクスクス笑っていた。
「あ、あの……慶次郎?」
「驚かせてしまいましたか。某の決意を……」
「は、はい!ですが……わたしと共に小谷に行くって……もしかして、そういうことなのですか?」
「ええ……寧々様には大きな借りができましたからね。ですので、これからは配下として、あなたの進む道を支えさせていただけたらと」
「は、配下?」
全くもって意味が分からない。えっ?伴侶として支えたいということじゃないの……?
「あれ?お屋形様とのお話、もしかして聞かれていなかったのですか?某は、そのように先程申し上げましたが……?」
「へ……?」
不思議そうな顔をする慶次郎に、自らの失態を理解した。彼が言うには、そういう所々抜けているところがあるから、放っておけずについていくことにしたのだと。
「まあ……お寂しくなったら、お慰めいたしますよ。何でしたら、今からでも」
「結構です!」
少しだけ期待して損したとばかりに、思いっきり拒絶すると、慶次郎は笑い出した。




