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第30話 慶次郎は、夜這いをかけるも……

永禄5年(1562年)3月下旬 尾張国清洲城 前田慶次郎


「帰蝶様。お召しにより参上しました」


「この役立たず!その股にぶら下がったモノは飾りか!」


「は、はい?」


……いきなり、えらい言われようである。だが、要約すると、どうやら寧々殿がお市様に付いて小谷に行かれるのがどうやら不満らしい。まるで、子供のように駄々をこねられて、恋人になって繋ぎ止めることができなかった俺に八つ当たりをするが……その姿は、滑稽ではある。


「そもそも、何のためにそなたと二人きりで行かせたと思うておるのか。それなのに、何も進展せぬとは……全くもって、この甲斐性ナシは!」


「申し訳ございません。この通り、平にご容赦を!」


だが、相手が相手だけに笑うわけにもいかず、嵐が通り過ぎるのを待つかのように、ひたすら何を言われても、このように「申し訳ありません」と頭を下げて耐えることにした。しかし……相手を見誤っていた。蝮の娘は、許してくれない。


「……今宵、寧々の寝所の周りは、人払いをさせておる。今度こそ……しくじるなよ?」


「は……?」


罵詈雑言を右から左へと流しているうちに届いたドスの利いた重い声に、思わず顔を上げると、脇に侍る花楓殿が主の言葉を補うように、「要は夜這いを」と言ってきた。


「えっ!?い、いや……流石にそれは……」


「慶次郎。人の色恋というのはな、詰まるところヤった者の勝ちじゃ。寧々が泣こうが喚こうが何を言おうとも、今度こそおまえのモノでモノにし、この尾張から離れるなどと言う戯言たわごとを撤回させよ。よいな?」


まさに、反論は認めないと帰蝶様は、俺の返事を聞かずにこの部屋から出て行った。あとには、花楓殿だけが残るが、俺が部屋から逃げないように周囲に差配すると、時が来るまでじっと俺を見張り続けた。こうなると、腹を決めるしかない。


やがて、夜が更け、さらには深夜となり、俺は寧々殿の寝所へ向かうことになった。そして、障子をゆっくり開けると、静かに寝息を立てている彼女の姿がそこにある。


(ヤった者勝ちねぇ……)


体型は小柄ではあるが、寧々殿のお顔は綺麗だ。それに胸は程々に膨らんでいるし、腰回りもそれなりに色っぽく、俺だって抱きたくないかと本心を問われたら、それは嘘だと答えるしかない。もちろん、心に決めた相手がいるので、迷う気持ちはあるが……据え膳食わぬは男の恥だ。


だから、そっと布団をはぎ、まずはと彼女の柔らかそうな胸に手を伸ばそうとする。しかし、どういうわけか……次の瞬間、俺はその手を掴まれて体が宙に舞った。


「この不埒者が!そこへ直れ……って、慶次郎!?」


「いてててて……」


「もしかして、あなた、わたしに夜這いを?……松様は?松様はもういいの?」


よくはないが、夜這いを掛けたことは紛れもない事実だ。それゆえに、俺は潔く土下座して詫びる。帰蝶様の命令とはいえ、飛んでもないことをしようとしたことを。


「……そう。帰蝶様がねぇ……」


「すまない。だが……俺にはこうするより他なくて……」


「わかっているわ。帰蝶様の命令だったら、仕方ないわね。……でも、どうするの?」


「どうするって?」


「だって、このまま手ぶらで帰るわけにはいかないでしょ?だから、正直に答えて。わたしを抱きたい?」


「え……?い、いや、それは抱かせていただけるのなら、是非……」


「そう……それなら、もう一つ訊ねるけど……わたし、子供を産めない女よ。それでも、松様よりわたしを選んでくれる?」


薄暗くて、寧々殿がどのような顔をして、そのようなことを言ったのかはわからない。だが、その言葉から、もしそれでも構わないと言えば、抱かせてくれるだろうということは察した。


「……いや、それはできない。やはり、お松のことは諦めきれない……」


しかし、俺の答えは決まり切っていた。それゆえに、言葉を偽らずにはっきりとそのことを伝える。すると、彼女は「そう……」とだけこの件について答えて、帰蝶様の手前、朝が来るまでここにいるようにと言ってくれた。


「寧々殿……」


ただ、彼女はそれっきり言葉をかけても、何も返してはくれなかった。お互いに一睡もすることなく朝まで同じ部屋にいることになったが、まるで心を閉ざしたかのように寂し気な表情で佇むその姿は、俺の心を……決意をかき乱すには十分だった。

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