第28話 長政様は、父の真意を確認する
永禄5年(1562年)3月中旬 近江国小谷城 浅井長政
織田との盟約を結ぶことを決めてから凡そ半時。俺はこうして父の部屋を訪ねた。だが、すぐに様子がおかしいことに気づく。まるで、人払いをしているかのように、部屋の内外には誰もいないのだ。
「父上……?」
「そなたがここに来た理由はおよそ想像がつくからの。あらかじめ、人払いを済ませておいたのだ」
そう言いながら、上機嫌の父は「まずは座れ」と俺に席を勧めてきた。断る理由もないので言われるままに座ると……スッと一通の書状を手渡してきた。ただ、包みには何も書かれておらず、それは密書の類であった。
「見ても?」
「ああ、構わぬ。ただ、時間が惜しいので、先に簡単に説明するがな……その書状は、六角承禎から同盟を打診された斎藤龍興がそれを承諾すると認めた返書だ。しかも、そこには北近江を六角、尾張を斎藤が獲るという条件までしっかりと書かれてある」
「同盟!?し、しかし……斎藤には密かに支援をされていたのでは?鉄砲を破格の値段で売ったと耳にしておりましたが……?」
「ほう……知っておったとは流石だな。だが、以前より誤解をしているようだから言っておくが、これはただ単に龍興が我が甥であるからなどという戯けた理由でやったのではないぞ?」
「違うのですか?」
「全くもって違うな」
斎藤と強固な関係を結ぶことができれば、互いに背を預けて目の前の敵に戦うことができるという打算があったからだと父は言った。決して、肉親の情に流されたわけではないと強調して。
「ですが……その目論見は崩れたのですね?」
「そうだ。見事に裏切られた。おそらく六角は……側近の斎藤飛騨守を抱き込んだのだろうが、それは言っても仕方がない話だな。ただ……」
「ただ?」
父は続けて言った。他国に抱きこまれるような家臣が幅を利かしているような家とは、手を組む価値がないと。
「だからこそ、寧々の申した提案に儂は乗ることにしたのだ。美濃が味方になるのであれば、斎藤だろうが織田だろうが、どちらでも構わぬからな」
そして、「それがおまえの聞きたかった事であろう?」と言われて、頷くしかなかった。何しろ、昨日の昼間に相談した時は会うことすら渋っていたのだから、この態度の急変に驚くのは当たり前だ。ゆえに、その真意を知りたかったのだ。
(ん?昨日は渋っていた?)
「あの……その書状が届いたのは、昨日の夜か今朝?」
「ははは!実はそう、その通りだ。だからもし、この書状が手元に来る前に寧々の謁見を許していたら、儂はきっと先程の説明を受けてもなお、拒絶していたと思う」
そう考えれば、あの寧々という少女は、とても運の強い女ということになる。父が態々侍女として姫に同行するようにと言った意味が分かったような気がした。そのような女を味方に得るなら、我が家にも良き運を運んでくるだろう。
「ただ、父上。寧々殿はあくまで織田の臣ですぞ。あまり肩入れされてもいざとなれば、裏切られる恐れが……」
「わかっておる。だからのう、長政。儂はあの女を我が身内にしたいと考えておる」
「身内に?」
まさか、自分の側室にするつもりなのかと思い、俺は咄嗟に思いとどまらせようとした。一体、どれだけ年の差があるのかわかっているのかと言って。しかし、そんな俺に父は「阿呆!」と怒鳴りつけてきた。
「政元じゃ!政元の嫁にしてはどうかと、儂は申しておるのじゃ!」
年齢は同じ15歳同士。政元は次男坊だから、いわくつきの娘であっても融通が利かないわけではない。そこまで思い至り、父の申していることが決して的外れではないと理解した。




