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第265話 寧々さん、倅の思惑に振り回される

元亀4年(1573年)1月上旬 京・二条御所 寧々


「ふふふ……」


朝から笑いが止まらない。先程、新九郎様が義昭公に拝謁した際にはっきり言われたのだ。今夜は酒宴を開くから、わたしも是非参加するようにと。もちろん、お酒……しかも、うちが作った澄酒をたんまり用意しているとか。いやあ、わたしは良き倅をもって幸せだ。


「寧々様……お分かりになられていると思いますが、あくまでも程々に。さもなくば、某が口を噤んでも、半兵衛の耳には入りますよ?」


「わかっているって。前のように飲み過ぎたりはしないから、慶次郎。そんなにこの世が終わったような顔をしないで」


「ホントかなぁ……」


慶次郎は変わらず疑っているけど、今宵は信長様もお市様もいることだし、あまり酷くなるようなら、きっと止めてくれるから大丈夫でしょう!ああ……早く飲みたい!


だが、そんな風に心を踊らして、その時を待っていると……ドカドカ大きな足音が聞こえてきて、「少し落ち着かれよ」という、信玄公の声が同時に聞こえてきた。それゆえに、何事かと思っていると……


「くそ!義昭の奴!ふざけおって!!」


部屋に入るなり、烏帽子を畳に叩き付けて大激怒している信長様がわたしの前に姿を見せたのだった。


「どうしたのですか?」


「実は……」


藤吉郎殿は、あくまで信長様を刺激しないようになるべく小さな声で、わたしに広間で何があったのかを教えてくれた。それは近々、上杉、毛利、大友の各当主がこの京に上洛して今後の政権運営を議するので、信長様と信玄公にも参加してほしいと言われたとか……。


「それって、他の大名の力を使って、弾正忠様の力を削ごうということ……?」


「そうだ!ふざけているとは思わぬか?そなたの倅は!!」


母親ならば、産んだ責任を取れと信長様は怒りに任せて言い放たれたが……わたしの方が年下なのに、どうしてあのような倅を産むことができるというのだろうか。それこそ、ふざけていると言いたい。


「それで、如何なさるのですか?まさか、このまま尻尾を巻いて、美濃に帰るとは言われないですよね?」


「…………」


「うそ……本当に考えていたのですか……」


何と短慮なことだと、わたしは呆れてしまった。そのようなことをすれば、織田は幕府に公然と背いたとして、討伐を受ける対象となるだろう。無論、だからといって織田方が負けるとは思わないが、差し当たって我が浅井が上杉と毛利の挟み撃ちに遭いそうなので、止めてもらいたい。


「しかし、そういうが寧々殿。このままでは、儂も長尾と並んでこの幕府の政に加わらざるを得なくなる。奴とは和睦を結んだとはいえ、それは不本意だ。きっと、イライラで胃に穴が開いて死んでしまう。何か妙案はないかのう?」


「そうですね……」


信玄公にまでそう言われると、わたしとしても思案しないわけにはいかない。


「しかし……大友ですか」


「大友がどうかしたのか、寧々殿?」


つい出てしまった独り言に信玄公が不思議そうにするので、わたしは答えた。九州は大友よりも島津ではないのかと。


「島津……?それは、薩摩の……?」


ただ、首をかしげる信玄公を見て、それは失言だったと気づく。そういえば、この時代の島津は薩摩を統一したばかりで、大友を圧迫し始めるにはまだ数年かかると……。


「あ……いえ、お気になさらず。少し勘違いしていただけで……」


それゆえに、わたしは慌てて誤魔化そうとしたが、そのとき信長様が「そうか!」となぜか突然声を上げた。


「あの……」


「何も難しく考える必要はなかったということだ。上杉は北条や芦名、大友は先程寧々が申した島津。そして、毛利は実権を握っていた隠居が死んでまだ日が浅く、まずは家中をまとめなければならぬ時期だ。いずれも、この京に居続けることなどできない」


「なるほど。そういうことであれば、代替わりを早々に行う我が武田も同じこと。在京して義昭公をお助けすることなど不可能だ。話が出たところで辞退させて頂こう」


「かたじけない。武田殿が話を切り出せば、皆事情を抱えているのだ。他の連中も辞退するだろう」


これで問題はどうやら解決したのだろうか。信長様は、先程までの不機嫌さを一転させて、「そこまで大騒ぎする話ではなかったな」とお笑いになられた。


「だが、織田殿。念のため、あと一人くらいは儂と同じように辞退を切り出すように根回ししておいた方が良いとは思うぞ。儂は三淵に会ったことがあるが……あやつは切れる男だ。奴が仕切るようなら、裏でどういう手を打ってくるかわかったものではない」


「そうだな……ならば、武田殿は嫌かもしれぬが、上杉殿がもうじき京に到着されるということだから当ってみるか。交流がないわけではないからな……」


「上杉」と聞いて、すぐに信玄公は「長尾だ」と訂正を求められるが、信長様は笑いながら「すまぬ」と誤魔化す。ただ、その信玄公も上杉様と会うこと自体は反対されなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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