第24話 寧々さん、今浜にて
永禄5年(1562年)3月中旬 近江国今浜 寧々
そこは、過去に城が築かれ、そして、未来にも城が築かれる場所。しかし、今は何もない。
「はぁ……」
「どうされたのですか、寧々殿。ため息など吐かれて……」
「何でもないわ。ちょっと、考え事をしていただけよ」
「はあ……?」
慶次郎に言っても仕方がないことだけど、ここはわたしにとって思い出の場所だ。だから、ここに長浜城がないことを素直に寂しく思った。そうして、少しの間黄昏ていると……
「そこのお二方。かような場所に一体何の用がおありで?」
不意に声を掛けられて振り返ると、そこには数人の供を連れた若侍が怪しむような表情を浮かべて、こちらを見ていた。ただ、身なりはそれなりに立派であることから、この地を治める浅井家のしかるべき人物だと推察した。
ゆえに、威儀を正して、名と身分と、それに目的を伝えることにした。
「わたしは、尾張の国主であらせられます織田上総介に仕える寧々と申します。此度は、ご当主備前守様に主の言葉を伝えに参りました」
「織田殿の?これは、失礼しました」
その若侍はわたしの話を聞くと、すぐに馬から降りて自ら名を名乗った。「浅井玄蕃頭政元である」と。
「玄蕃頭様……?それって、もしかして、備前守様の弟君であらせられますか!」
流石に立ったままだと失礼だと思い、わたしは膝をついて頭を下げた。しかし、玄蕃頭殿は無用だと答えて、それよりもどうして使者であるわたしが小谷に向かう道から逸れて、このような寂しい場所にいるのかと訊ねてきた。ゆえに……
「この地には、かつて佐々木道誉様がお城を築かれていたとか。わたしは歌を詠むことを好んでおりまして、それでここまで足を伸ばしたわけでして……」
「なるほど。それで、何か良き歌は思いつかれましたかな?」
「そうですね……例えば、このような」
わたしは、懐から矢立と紙を取り出して、適当に一句詠み、そこに書き記して玄蕃頭殿に渡した。
「こ、これは……」
「どうかしら?お気に召しませぬか?」
「い、いえ……驚いているのです。某も多少は師より手ほどきを受けておりますが、かような見事な歌は詠めませぬ。しかし、寧々殿はおいくつなので?」
「……玄蕃頭様。女性に年を訊ねるのは、禁句でございますよ。よき歌を詠みたいのであれば、まず人の心の機微を学ばれませ」
「あっ!……左様でございますな。これは、大変失礼いたしました。この通り、お詫び申し上げます!」
玄蕃頭様は、そう言って素直に頭を下げてくれた。領主の弟なのだから、もっと偉ぶってもおかしくないというのに。だから、わたしもお返しに質問に答えることにした。すなわち、「年は15歳です」と。
「では、某とは同い年でございますな」
「あら?そうなのですか。ふふ……では、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ!」
そう言い合いながら、何気に意気投合していると、突然慶次郎が咳払いをしてきた。
「なによ?もしかして、妬いているの?」
「あの……寧々殿。玄蕃頭様は、ご当主様の弟君ですよ。流石に今のは馴れ馴れしいのでは……」
「あっ!こ、これは、大変失礼いたしました!」
同い年と聞いて気が緩んでいたことを反省して、わたしは慌てて即座に玄蕃頭様に頭を下げて詫びを入れた。慶次郎の言うとおり、度が過ぎて馴れ馴れしかったと。
しかし、玄蕃頭様は寛大にも「気にしないでください」と言ってくれた。そのうえで……
「兄への仲介はこの玄蕃が責任をもって行いますゆえ、寧々殿と慶次郎殿はそれまで我が屋敷にご逗留下さい」
そこまで親切にも言ってくれたのだ。わたしは彼の好意に甘えることにしたのだった。
 




