第22話 寧々さん、女としての自信を失う
永禄5年(1562年)3月中旬 尾張国清洲城 寧々
今日、これより近江国小谷城へ向かう。しかし……見送りには、信長様だけでなく、帰蝶様やお市様、あとはそれぞれの侍女たちが大勢いるというのに、見送られるこちら側は、なぜかわたしと慶次郎の二人しかいない。
「あれ?お屋形様。……他の供の者は?」
もしかしたら、城門の外で待たしているのかと思って、視線を向けるとスッと逸らされてしまった。そして、そんな信長様に代わって、帰蝶様が言う。「あまり大勢で向かったら、敵に悟られるではありませんか」と。
「いやいや、それでも慶次郎しかいないって、いくらなんでも少なすぎるのでは!?」
しかも、前世は兎も角、今は未婚のうら若き乙女だ。二人っきりの旅路で、何かの拍子で間違いがあったらどうするつもりだと声を大にして言いたい。しかし……
「まあ……慶次郎って、早くも呼び捨てにしているとは……」
「流石は、お義姉さま。見立て通り、相性抜群ですね」
帰蝶様とお市様のヒソヒソ話が聞こえてきて、それに合わせて周りの侍女たちも盛り上がっているのが見えた。こうなると、いくら声を大にして一人反対したところで、もうどうにもならないことを知る。
だから、これ以上の無駄な抵抗を止めて、わたしは慶次郎を連れて、城を後にした。
「あの……寧々殿。これは一体……」
「おそらくだけど、今回のお役目は、此間の見合いの続きも兼ねているみたいね。帰蝶様はきっと、わたしたち二人きりで旅をさせることによって、あわよくば結ばれることを望んでいるのでしょう」
お城を出て進路を西に取って歩きながら、わたしは慶次郎の疑問に回答した。もっとも、そんな思惑に乗るつもりは全くない。しかし……
「え……?それはちょっと困りますね」
慶次郎からそう返されたら返されたで、女の矜持が傷つけられたような気がして、妙な気分になる。ゆえに、つい言い返してしまった。「そんなにわたしって魅力がありませんか?」と。
「いえ!決してそのようなことは有りません!寧々殿はとても美しく思いますよ。ただ……」
「ただ?……ただって、なによ」
「えっ!い、いや……前にも申し上げましたが、某には心に決めた方がおりますので、その……寧々殿とはそのような関係には……」
「あら?絶対にならないというのかしら?例えばだけど、もし今夜、わたしが素っ裸で誘ってきたらどうする?それでも、抱いてはくれないのかしら?」
「う……そ、それは……い、いえ、それでも某は一切指一本触れないと約束しましょう。ですので、どうかご安心を」
「そう……。そこまで決意が固いのならば、破った時は前田の又左衛門殿に、あなたがお松殿に夜這いを掛けたことをお話しすることにしましょう」
「えっ!?」
かくして、貞操は守られる目途はついたものの、わたしは何か負けたような気がした。そうして、しばらく歩いていると、反物屋の前によく知っている顔があった。但し……女連れで。
「寧々殿、あれは……」
「関わると面倒なことになるから、道を変えましょう」
「え……ちょ、ちょっと!寧々殿?」
この道を通り抜けた方が近道だが、かんざしを売っている店の前にいた藤吉郎殿は楽し気に隣の女に笑っていて、もうそれ以上見るのは耐えられなかった。もちろん、振ったのはこちらなので、何か言う筋合いがないのは承知している。
しかし、先程の慶次郎の回答といい、思わずにはいられなかった。わたしって、そんなに女として魅力がないのかと……。




