第213話 寧々さん、帰宅早々半兵衛にお仕置きされる
元亀元年(1570年)10月下旬 越前国府中 寧々
「ああ!やっと帰ってきたわね!」
久しぶりの我が家を前にして気が抜けたのか。ついそう声に出して門をくぐったわたしであったが……
「お帰りなさいませ、寧々様。お待ちしておりました」
……などと、涼し気な微笑みに冷たい目をしている半兵衛を見れば、一気に背筋に嫌な汗が流れて、回れ右をしたくもなる。しかし、万福丸や莉々、さらに石田一族も連れているのにそういうことができるはずもなく、わたしは平然を装い、「ただいま」と返した。
だが……それは、恐怖の時間が始まる合図となった。
「寧々様。某は以前、申し上げましたよね?お酒を飲むのは、大蔵大輔様か某がいる前に限ると。よもや、お忘れではないですよね?」
「や、やだな。わ、忘れているわけがあるわけないじゃないですか……」
「そうですか。ならば、尾張の清洲で一体何があったのか。一部始終、教えて頂けますよね?」
「尾張の……清洲……」
「何でバレているの?」と思い、わたしは咄嗟に慶次郎を見た。チクるとすれば、他に考えられないとして。しかし、その慶次郎は首を左右に振った。ならば、莉々かと思い睨みつけようとしたが、その瞬間こめかみをグリグリされて、わたしは悲鳴を上げた。
「痛いっ!痛いってば!」
「約束を破った以上、罰は与えられるものでしょう。もしかして、その覚悟もないのに、お酒を飲まれたのですか?」
「だって、仕方なかったのですよ!?帰蝶様にどーしてもと勧められて!いや、断ったのよ!だけどぉ!!」
「嘘を吐かれますな。某が知るところでは、帰蝶様は泥酔された寧々様に絡まれて、大変だったと市中に噂が広まっておりますが?」
「嘘じゃないわよ!ホントよ!信じてよ!!」
「……半兵衛。帰蝶様が飲んでいないのはあり得ない話だ。池の中に入って、鯉を外に向けて一緒に放り投げている姿を俺もこの目で確認しているぞ」
「なに?」
半兵衛はそう呟いて、ようやくわたしの頭を開放してくれた。そして、いつものようにブツブツと独り言を呟きながら考え込んだ末に、それが織田家の策略と断言してくれた。
「それって、つまり帰蝶様の名誉を守るために、わたしに罪を擦り付けたっていうこと?」
「擦り付けたわけではありませんな。だって、寧々様も一緒に池の鯉を放り投げていたのでしょう?」
「う……!そ、それは、とんと記憶にございません」
「ほう……忘れたのなら、もう一度頭を刺激して……」
「冗談です!すみません!わたしがやりました!!」
そう……あまり覚えてはいないが、やったことには間違いはないだろう。住職から請求書も渡されたし……。
すると、そこで半兵衛が続きを説明してくれた。要は、帰蝶様の名誉を守るために、共同での御乱行だったのをわたし一人の仕業であるように、先手を打ってそういう噂を世間に広めていると。
「なにそれ!酷くない!?」
「まあ、寧々様の酒乱振りは、先年義昭公のアレに徳利を被せてチンチンやった話で、北は蝦夷、南は琉球に至るまで、知らぬ者がいないと評判ですからな。それゆえに今回の件が一つ加わっても、大した影響はないと弾正忠様は思われたのかもしれませんね」
「え……?あの話って、そんなに有名になっているの?」
「あれ?ご存じなかったのですか。まあ……それは悪いことをしましたな。世の中、知らぬ方が幸せだったこともありますのに」
半兵衛が本気で気の毒そうに言うものだから、慶次郎も石田一族の方々も一斉に笑い出してしまった。ゆえに、わたしは頭に来て半兵衛に命じる。信長様にこの仕返しをしたいから、策を献じなさいと。
「それは別に構いませんが……今の状勢では、実行しない方がよろしいかと思いますよ」
「なに……それ。何か意味深じゃない?」
その態度を訝しく思っていると、半兵衛は答えてくれた。それは、今、この越前が揺れ始めているからだと。
「一乗谷を朝倉孫三郎らが攻めて、式部大輔を殺害しました。どうやら、いよいよ始まりましたね」
それはすなわち、朝倉旧臣たちによる反乱である。
夏休みも終わりなので(学生ではありませんが……)、9月より公開時間を12:10、17:10、21:10の3回に変更します。
ご了承いただけますようお願い申し上げます。




