第200話 森三左は、浅井の旧領を賜る
元亀元年(1570年)7月上旬 美濃国岐阜城 森三左衛門
お屋形様より呼び出しを受けて、急遽岐阜に戻ったのだが、今更一体何の用だと思う。結局、懸念していた浅井の裏切りは起こらなかったし、何の見せ場もないまま空しく小谷で時を過ごしたのだ。
ゆえに、話の内容によっては、本気で隠居しようとさえ思っている。要らないと思われているのに、恩情でしがみつくようなみっともない真似はしたくはなかった。しかし……
「森三左衛門。此度の浅井家との領地替え交渉を成立させた功績は大なり。よって、浅井の旧領の内、浅井郡と伊香郡11万石を与える」
「はい?」
いきなり、脇に座る筆頭家老の林佐渡守様からそう言われて、一体どうしてそんな話になっているのかと驚いた。領地替え交渉って……左京大夫様がお屋形様に直接お願いして実現したと聞いているが、なぜそれが儂の手柄になるのかと。
「三左。理由は形だけだ。そう難しく考えるな」
「なれば……これはどういう意味でしょう?お聞かせいただけるのでしょうな」
「もちろんだ」
そして、信長様は今回の人事の背景を説明してくれた。要は、此度の国替えは、浅井に借りを作ったようなモノであり、その恩返しとして、浅井と気心が知れている儂を小谷に置いて、この後の加賀攻めに際して、援護に宛てたいということのようだ。
「柴田では、身内の藤吉郎がひと悶着起こしているからな。援軍に行って問題でも起こされたらかなわんし、丹羽には新しい城を作ってもらわなければならん。あと、佐久間は口先だけで使えんし……」
加えて言うならば、最近お気に入りの細川兵部は寧々殿と関係が深いが、京と叡山を見張る必要があるということで、坂本に城を築いてそこに入るらしい。つまり、織田家の重臣に列して、かつ浅井と友好関係にある儂が選ばれるのは、仕方がないことなのかもしれない。
「わかりました。では、領地の方はありがたく頂戴するとしますが……某の後任はどうなさいますか?浅井も気にするとは思いますが?」
「後任は置かん。主上のご宸筆がある以上、左京大夫は俺を裏切ったりはしない。なれば、もう監視役は不要であろう?」
「……龍興はどうしますか?元々、奴を監視するために某は小谷に派遣されたはずでは?」
「あ……龍興か。そういえば、そんな奴もいたな。すっかり忘れていたぞ」
……ここは、怒っていい場面ではなかろうか。そんな忘れてもいい奴を監視するために、この2年を無駄に過ごしてきたのかと思うと、悲しくなって涙が出てくる。
「お屋形様。今のは少々、お戯れが過ぎるかと。森殿がお困りに……」
「ん?……ああ、すまん。そうだな、その方からすればふざけた話となるわな。ただ、それだけ織田が大きくなったということだ。最早、龍興が何をしようが、どれほどのことがあろうか」
何だか凄く自信満々だが、それだけに危うさを感じて儂は諌言した。龍興のことは兎も角として、油断をしていると足元を掬われかねないから、慎まれた方が良いと。
「わかっておる。無論、そなたの諌言は肝に銘じよう」
本当にわかっているかどうかは怪しいが、その話をこれ以上したところで益がないことを悟り、儂は話題を変えた。それは、小谷11万石を賜るということだが、嫡男傅兵衛に預けている美濃金山の領地はどうなるのかと。
「国替えという形で、返却……ということで?」
「それは無用だ。金山は傅兵衛に引き続き任せる。いずれ、奇妙の片腕になってもらう故な」
そして、新たに賜った領地については、他の子に継がせたらよいとお屋形様は言った。そうなると、真っ先に思い浮かぶのは勝蔵だったが……さて、どうしたものか。




